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 僕は心底驚きました。  本当に床から少し浮いたのではないかと思ったほどでした。うちの母はいつも穏やかで声を荒げるなどとは、程遠い人だったからです。でも今考えると、ことは殺人事件です。しかも目と鼻の先で──母が激しく動揺するのも無理のないことだったと思います。ましてや僕とそう年の変わらない小さな子が、無残にも命を奪われたのですから。  女の子の亡骸は救急車か警察車輛で搬送され、父も戻って来ました。それから朝食を食べたり父も普段通り仕事に行き、僕の気持ちはまだざわついていましたが少し落ち着いたのでしょう、今度は大学さんのことが気掛かりになって来たのです。少し前に過った嫌な予感に加えて、僕の知らぬ間に村を去って行くのじゃないかという不安でした。そう思うと胸が潰れそうで、女の子の事件の衝撃も薄れてしまうようでした。  結局騒ぎの中で学校も休校になり、当然ですが、僕の日課の"大学さん詣で"もその日は出来ないままでした。  僕ははその日の夜、高熱を出しました。子供はよく熱を出すものですが、その日の僕の発熱は女の子の事件の衝撃は勿論ですが、大学さんのことを思い悩んだせいだったと思います。  その頃の僕はまだ小犬のように小さくて、心に強いパンチを一遍にいくつも受けるには、まだまだひ弱な生き物でした。
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