回想~三年前の出来事~

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 吾輩は新妻雅である──名はまだない。  ごめん嘘。名前は新妻雅。まだ何者でもない。だった。    社会という枠に縛られず、自分で何かを始めたいと思っていた。  そういうとカッコイイけれど、実際は手に職があるわけでも、若くもない31の男だ。  起業といえば事務所である。なんの根拠もなく思い立ったぼくは、ふらりと流れ着いた町で、一番最初に出会った老婦人に声をかけた。 「こんにちわ」 「……なんだいあんた。ここじゃ見かけない顔だね」  その人物は、ぼくを睨むように一瞥した。 「ですよね。新妻と申します。旅をしていまして、たまたまこの町に。まあ余所者(よそもの)です」 「ふぅん」    老婦人は興味もなさげにキセルを取り出し、火をつけた。  舞台は土手沿い。日は沈みかけ、どこからかカラスの鳴き声が聞こえる。   「珍しいですね。今どきキセルって」 「馬鹿にしてんのかい?」 「いや、渋いなって」 「はいらないよ」 「はは、お世辞じゃありません。本心ですよ」  老婦人はキセルを掲げてくれた。 「……これね、旦那がくれたんだよ」 「旦那様が?」 「もう亡くなっちまったけどね。形見ってやつさね」  立ち上る紫煙は、紡がれた言葉と共に、風に消えた。  「すいません」 「別に、何とも思ってやしないよ」  思わず首筋を押さえる。  ぼくには変わった体質があってね。自分にむけられた嘘限定だけど、首筋辺りにひんやりと──が、冷たく感じることができるんだ。 (何とも思ってない……わけはないか)
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