回想~三年前の出来事~

3/4
前へ
/16ページ
次へ
「いい旦那様だったんですね」 「何だい、知ったような口きくじゃないか」 「いや、確かに知らないですけどね」  この体質のことを言っても気味悪がられるだけだろうな。  それじゃ。と立ち去ろうして「ちょいと待ちな」呼び止められた。 「何か?」 「あたしに用があったんじゃないのかい?」 「まあ、その」  仕事を探してます。と訊こうと思ったのだが、考えてみればこんな老婦人に聞くのも不自然だ。  なぜぼくは──この人に話しかけようと思ったのだろうか。 「……火を借りたくて」 「火?」 「タバコを吸おうかと思ったんですが、ライターのガスが切れちゃって」  はは。と笑ってみせた。  嘘ではない。付近に灰皿のある場所が見当たらなかったので、土手の川近くでタバコを吸おうと歩いてきたのだ。  たまたまガスが切れていることに気付いたが、老婦人がキセルに火をつけたのを見て、とっさにそう言った。 「マッチでいいかい?」 「懐かしい。今でも売ってるんですね」 「当たり前さね」  老婆の表情が少しだけ柔らかくなった。 「……いいところですね」  舞台は夕暮れの土手。傍らには老婦人、手にはタバコ。風流だねぇ。  一面に広がるシロツメクサ。夜の黒に染まる空と白い花のコントラストが印象的だ。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加