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「いい旦那様だったんですね」
「何だい、知ったような口きくじゃないか」
「いや、確かに知らないですけどね」
この体質のことを言っても気味悪がられるだけだろうな。
それじゃ。と立ち去ろうして「ちょいと待ちな」呼び止められた。
「何か?」
「あたしに用があったんじゃないのかい?」
「まあ、その」
仕事を探してます。と訊こうと思ったのだが、考えてみればこんな老婦人に聞くのも不自然だ。
なぜぼくは──この人に話しかけようと思ったのだろうか。
「……火を借りたくて」
「火?」
「タバコを吸おうかと思ったんですが、ライターのガスが切れちゃって」
はは。と笑ってみせた。
嘘ではない。付近に灰皿のある場所が見当たらなかったので、土手の川近くでタバコを吸おうと歩いてきたのだ。
たまたまガスが切れていることに気付いたが、老婦人がキセルに火をつけたのを見て、とっさにそう言った。
「マッチでいいかい?」
「懐かしい。今でも売ってるんですね」
「当たり前さね」
老婆の表情が少しだけ柔らかくなった。
「……いいところですね」
舞台は夕暮れの土手。傍らには老婦人、手にはタバコ。風流だねぇ。
一面に広がるシロツメクサ。夜の黒に染まる空と白い花のコントラストが印象的だ。
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