回想~三年前の出来事~

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「タバコ一本分の時間、付き合っておくれよ」 「……? ええ」  ぼくが一本吸い終わるのは約五分。急ぐ用もない、快く了承した。 「シロツメクサの花言葉は知ってるかい?」 「ええ……『約束』、でしたっけ」 「それだけかい?」 「あとは『幸運』ですね。」 「博識なんだねえ?」 「幸運の象徴、四つ葉のクローバー。幼少期にはよく探しましたから。それが何か?」 「何が目的だい?」  不意に尋ねられた。  言葉こそ静かで、淡々としたものだったが、冷たいナイフを突きつけられたような、妙な迫力があった。 「……何がと申しますと?」 「こんな婆さんにわざわざ声をかけるなんて、勘ぐっちまうのも無理はないと思わないかい?」  ほんの一瞬──の間が生まれ、灰がポロリと落ちた。 「そりゃ無理がありますよ。実はぼく……仕事を探していまして」  ははっ、と笑って見せた。  ちょうどほくのタバコが終わる。老婦人はキセルを持つ手を止め、少し驚いた様子でこちらを見た。 「仕事?」 「ええ、たまたま土手に来たら、貴女の姿が見えたので」 「なんだい、そういうことかい。勘ぐって悪かったね」 「ええ、怪しくてすいません」 「本当さね。どう見ても不審者だよ」  ハッキリ言う人だな。しかし我慢だ。せっかく出会った第一町人。それにこの人──ああやめた。決めつけはよくない。 「すいません、この不審者オーラは生まれつきでして」    へらっと笑って見せた。 「ハローワー○もこの時間じゃあ閉まってるしねぇ……よかったらついておいで。今日の宿と、簡単な仕事を紹介してやるさね」 「本当ですか!? ありがとうございます」 「名前を聞いてなかったさね。あたしは『奥村博美(おくむらひろみ)』、アンタは?」 「新妻雅(あづままさし)と申します」  日が落ちた人気のない土手。  しっかりした足取りで傾斜を上る老婦人。その背を追いながらぼくは振り返る。  放置された雑草に混じり咲き乱れるシロツメクサ。  花言葉は『約束』。ぼくがそう答えた時、奥村さんはこう言った。 「それだけかい?」  僕は答えた。あとは『幸運』ですねと。    だけど知っている。シロツメクサには、もう1つの花言葉があるんだ。  それは──『復讐』。  これがぼく──新妻雅と、後に新妻探偵事務所の大家さんとなる、奥村博美さんとの出会いだった。 
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