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「タバコ一本分の時間、付き合っておくれよ」
「……? ええ」
ぼくが一本吸い終わるのは約五分。急ぐ用もない、快く了承した。
「シロツメクサの花言葉は知ってるかい?」
「ええ……『約束』、でしたっけ」
「それだけかい?」
「あとは『幸運』ですね。」
「博識なんだねえ?」
「幸運の象徴、四つ葉のクローバー。幼少期にはよく探しましたから。それが何か?」
「何が目的だい?」
不意に尋ねられた。
言葉こそ静かで、淡々としたものだったが、冷たいナイフを突きつけられたような、妙な迫力があった。
「……何がと申しますと?」
「こんな婆さんにわざわざ声をかけるなんて、勘ぐっちまうのも無理はないと思わないかい?」
ほんの一瞬──の間が生まれ、灰がポロリと落ちた。
「そりゃ無理がありますよ。実はぼく……仕事を探していまして」
ははっ、と笑って見せた。
ちょうどほくのタバコが終わる。老婦人はキセルを持つ手を止め、少し驚いた様子でこちらを見た。
「仕事?」
「ええ、たまたま土手に来たら、貴女の姿が見えたので」
「なんだい、そういうことかい。勘ぐって悪かったね」
「ええ、怪しくてすいません」
「本当さね。どう見ても不審者だよ」
ハッキリ言う人だな。しかし我慢だ。せっかく出会った第一町人。それにこの人──ああやめた。決めつけはよくない。
「すいません、この不審者オーラは生まれつきでして」
へらっと笑って見せた。
「ハローワー○もこの時間じゃあ閉まってるしねぇ……よかったらついておいで。今日の宿と、簡単な仕事を紹介してやるさね」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「名前を聞いてなかったさね。あたしは『奥村博美』、アンタは?」
「新妻雅と申します」
日が落ちた人気のない土手。
しっかりした足取りで傾斜を上る老婦人。その背を追いながらぼくは振り返る。
放置された雑草に混じり咲き乱れるシロツメクサ。
花言葉は『約束』。ぼくがそう答えた時、奥村さんはこう言った。
「それだけかい?」
僕は答えた。あとは『幸運』ですねと。
だけど知っている。シロツメクサには、もう1つの花言葉があるんだ。
それは──『復讐』。
これがぼく──新妻雅と、後に新妻探偵事務所の大家さんとなる、奥村博美さんとの出会いだった。
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