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ご、『5着』だと……? 今度こそ『来る』と思ったのに!
馬群が、蹄音を響かせながら眼下のゴールラインを走り過ぎていく。
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。
呼吸が荒い。背中や額に、ドッ……と汗が吹き出す。
腕が細かく震えてくる。指先がじっとりと湿り、摘んでいる馬券が柔らかくなっているのが分かる。
強く握りしめ過ぎて、右手の握力はとうに無くなっていた。
『万が一』の奇跡は起きていないのか。もう一度、恐る恐る着順掲示板の電光掲示を見直すが。
……無常にも『確定』のランプが着いた一番上に、オレの賭けた番号は無かった。
もしも許されるのであれば、何もかも捨ててここから逃げ出してしまいたい。チラリと横目で隣を伺うが。
どうやら……それは無理のようだ。
「よぉ……」
オレの隣で硬いプラスチックの椅子座っている、細面で鋭い目付きをした男がジロリと睨んでくる。
「今ので……第7レースか。惜しかったなぁ……って、『5着』は惜しいたぁ言わねぇか。……で、今日は全12レース。残り5レース……か」
男は落ち着いた風情で、ジャッケットの内ポケットからタバコを取り出す。見たことの無い、外国産のタバコだ。煙に、独特の匂いがある。さぞかし儲けているのだろう。
……何しろ、この男は『闇金屋』なのだから。
「さ……立ちな。行くんだろ? パドックへ、馬を見によ……」
男に促され、オレはヨロヨロと立ち上がった。
勝ち馬を当てるには、馬そのものを見ないと話にならない。オレは昔からそういう信念だった。
だから、馬券を買う前には必ずパドックで馬の姿を確認するのだ……とオレは男に説明したのを思い出す。
……しかし。
とは言うものの、正直なところ今日に限って言えば『勝てる』という気配は毛先ほども感じられ無かった。
そうではなく、『どうにか隙を見て、この男から逃げられないか』という甘い期待で、ウロウロする名目が欲しかっただけだ。
ホンの少しの間だけでも観客に紛れて離れられれば、その隙に猛ダッシュで逃げるつもりだったのだ。
だが、闇金屋の男はそんなオレの心を見透かすように、ピッタリと着いてくる。
何で……何でこんな事になっちまったんだ……。
後悔ばかりが、グルグルと頭の中を渦巻いて離れない。
何が……一体何がオレを狂わせたのか。
オレが逃げないように着いてくる闇金屋の男と階段を降りながら、もう何度も繰り返し考えた経緯を、オレは頭の中で反芻していた。
何で……1200万円も、会社の金を使い込んでしまったのか。
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