万馬券

1/7
前へ
/7ページ
次へ
 ご、『5着』だと……? 今度こそ『来る』と思ったのに!  馬群が、蹄音を響かせながら眼下のゴールラインを走り過ぎていく。  はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。  呼吸が荒い。背中や額に、ドッ……と汗が吹き出す。  腕が細かく震えてくる。指先がじっとりと湿り、摘んでいる馬券が柔らかくなっているのが分かる。  強く握りしめ過ぎて、右手の握力はとうに無くなっていた。  『万が一』の奇跡は起きていないのか。もう一度、恐る恐る着順掲示板の電光掲示を見直すが。  ……無常にも『確定』のランプが着いた一番上に、オレの賭けた番号は無かった。  もしも許されるのであれば、何もかも捨ててここから逃げ出してしまいたい。チラリと横目で隣を伺うが。  どうやら……それは無理のようだ。 「よぉ……」  オレの隣で硬いプラスチックの椅子座っている、細面で鋭い目付きをした男がジロリと睨んでくる。 「今ので……第7レースか。惜しかったなぁ……って、『5着』は惜しいたぁ言わねぇか。……で、今日は全12レース。残り5レース……か」  男は落ち着いた風情で、ジャッケットの内ポケットからタバコを取り出す。見たことの無い、外国産のタバコだ。煙に、独特の匂いがある。さぞかし儲けているのだろう。  ……何しろ、この男は『闇金屋』なのだから。 「さ……立ちな。行くんだろ? パドックへ、馬を見によ……」  男に促され、オレはヨロヨロと立ち上がった。  勝ち馬を当てるには、馬そのものを見ないと話にならない。オレは昔からそういう信念だった。  だから、馬券を買う前には必ずパドックで馬の姿を確認するのだ……とオレは男に説明したのを思い出す。  ……しかし。  とは言うものの、正直なところ今日に限って言えば『勝てる』という気配は毛先ほども感じられ無かった。  そうではなく、『どうにか隙を見て、この男から逃げられないか』という甘い期待で、ウロウロする名目が欲しかっただけだ。  ホンの少しの間だけでも観客に紛れて離れられれば、その隙に猛ダッシュで逃げるつもりだったのだ。  だが、闇金屋の男はそんなオレの心を見透かすように、ピッタリと着いてくる。  何で……何でこんな事になっちまったんだ……。  後悔ばかりが、グルグルと頭の中を渦巻いて離れない。  何が……一体何がオレを狂わせたのか。  オレが逃げないように着いてくる闇金屋の男と階段を降りながら、もう何度も繰り返し考えた経緯を、オレは頭の中で反芻していた。  何で……1200万円も、会社の金を使い込んでしまったのか。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加