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時は流れ、私は十四歳の誕生日を迎えた。
殺されるまであと三年。
しかし、殺される事のないよう人生を歩まねばならない。
「お誕生日おめでとう藤花ちゃん」
「おめでとう」
尋常小学校から同じで今も一緒に女学校に通う友人の夏子ちゃんと、多恵ちゃんが私の誕生日を祝いに遊びに来てくれていた。
これも和馬以外の子とも仲良くしようと努めた結果だ。一度目の人生では友達に誕生日を祝われる事などなかった。いや、友と呼べる存在さえいなかった。
それがこうやって自分の誕生日を祝ってくれるというのは何ともこそばゆく、嬉しいものなのだと識る。
「ありがとう、夏子ちゃん、多恵ちゃん。とっても嬉しいわ」
「藤花ちゃんに喜んでもらえて私たちも嬉しいわ。ねえ多恵ちゃん!」
「ええ! また来年もお祝いしましょうね」
「ありがとう、是非」
お母様と鈴が用意してくれたお茶とたくさんのお菓子を三人で楽しく頂いていると、失礼します、と鈴が声を掛けてくる。
「お嬢様、和馬様がお見えです。こちらにお通しして宜しいでしょうか? それとも別室にお待ち頂きましょうか?」
「え、和馬が来たの?」
「藤花ちゃんの婚約者の和馬くん?」
夏子ちゃんが興味津々と言った顔で言うと、今度は多恵ちゃんが、
「こちらにお呼びしていいわよ?」
と言う。私は内心、和馬をここに呼びたくはなかったのだが、二人の嬉しそうな顔を見てしまえばこちらに通さないというわけにはいかない。
「仕方ないわ鈴、和馬をここへ連れてきて」
「かしこまりました」
鈴は一礼して出て行くと、すぐに和馬を連れて来た。
和馬が来ると夏子ちゃんと多恵ちゃんが色めき立つ。
「こんにちは。久しぶりね、和馬くん」
「久しぶり、夏子ちゃん、多恵ちゃん。……もしかしてお邪魔だったかな? また出直して来ようか?」
そうして欲しいわ、と私が言う前に夏子ちゃんが和馬へ言う。
「そんな事ないわよ! 折角だからこちらに座って?」
夏子ちゃんは自分の隣に呼ぶように手を招く。
しかし和馬は、ありがとう、と言うと私の隣に座った。遠慮なく夏子ちゃんの隣に座ればいいのに。
「藤花、お誕生日おめでとう。はい、どうぞ」
和馬はにこやかに、どうぞと言って私に手の平程の大きさの包みを渡す。
「ありがとう。開けていい?」
「勿論だよ」
しかしそこで夏子ちゃんと多恵ちゃんがにやにやと見ているのに気付くと途端に恥ずかしくなってしまう。
「や、やっぱり後にしようかしら」
「どうして? 何を頂いたの? 折角だから私たちにも見せて欲しいわ」
夏子ちゃんがまた興味津々と言った顔をする。夏子ちゃんは昔から好奇心旺盛な女の子だった。その顔に抗えず、しぶしぶ包みを開くと、レースのあしらわれたハンカチーフが入っていた。
「わあ、綺麗なレース!」
「うん、素敵!」
私より二人が目を輝かせている。
「気に入ってくれた?」
「そうね。とても上品だし、この花のレースが可憐で気に入ったわ」
と、そこでまたしても、はっとして夏子ちゃんと多恵ちゃんを見る。二人は楽しそうににやにやと笑っていた。
「いいわね、いいわね、羨ましいわ」
「未来の旦那様ですものね」
「とても素敵だわ」
またも夏子ちゃんと多恵ちゃんが二人だけで盛り上がる。
それを否定するべきか、しかし和馬の前でそれを言って関係が拗れても未来に影響するような気もして困っていると、そんな私の顔を見た和馬が先に口を開いた。
「違うよ、僕と藤花はそんな仲ではないから……」
「え? 婚約しているのでしょ?」
「それは母同士がお茶の席でこぼした何気ない会話だよ。僕たちはそれを丸ごと鵜呑みにしてる訳ではないんだ」
「えええ、そうなの?」
「なあんだ、何だか残念だわ」
和馬のその言葉を聞いて気が沈むのは夏子ちゃんと多恵ちゃんだけではない。
――和馬の中に最初から私なんていない。だからこそ前の人生では、付きまとう私が疎ましかったに違いない。
そんな空気を変えるように夏子ちゃんが明るい声を出す。
「ねえ和馬くん、それじゃあ今度みんなで活動写真に行きましょうよ。いいでしょ?」
そう言いながら夏子ちゃんは和馬の隣に座り、和馬の腕を取って揺らしている。
「活動写真? ごめん。僕はあまり活動写真に興味ないんだ」
「うそっ!」
和馬の言葉に反応したのは私だった。短く発した言葉を隠すように口に手を当てる。
「うそって何? 藤花ちゃん?」
「いいえ、何でもないわ。ごめんなさい」
「へんな藤花ちゃん。……和馬くん、少女歌劇はいかが?」
「ショウジョカゲキ?」
「あら残念。こちらも興味ないみたいね。少女歌劇にも活動写真にも興味がないのなら、和馬くんは何が好きなの?」
「そうだね……、歌舞伎が好きかな」
「そうなの! それじゃあ歌舞伎に行きましょうよ!」
「えぇ、ずるいわよ夏子ちゃん。私も一緒に行きたいわ」
盛り上がる三人を横目に私は一度目の人生を思い出していた。
私は和馬をよく活動写真に誘っていたのだ。和馬が陸幼から帰って来るたびに何度となく一緒に行った。それなのに和馬は活動写真に興味がなくて、それがまさか歌舞伎を好きだなんて私は知らなかった。
もしかすると疲れている和馬の事なんて全く考えもしないで一方的に嫌嫌連れて行っていたのかもしれない。
そういえば和馬の好きなものなんて聞いた事もない。歌舞伎が好きなんて初めて聞いた。
これでよく自分が婚約者だなんて思っていられたと、自分にほとほと呆れてしまう。
もしかすると私も活動写真と同じで和馬にとっては興味がなかったのかもしれない。和馬にとって私なんて何者でもなくて、何者でもいい存在。そして興味のない婚約だったから、先程も二人の前で否定したのだろう。
そうだ。私たちはこのまま何もなく前に進めばいい。
和馬はこの先、剛田由真と出会う。私はその邪魔さえしなければいいのだ。
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