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夏休みとなると、和馬が寮からこちらへ戻ってきた。
「藤花、一緒に出掛けないかい?」
今日は蒸し暑い。和馬の額に汗が浮かんでいる。シャツも身体に張り付いているのだろう。胸の辺りをつまんで身体からシャツを離し、ぬるい空気を取り込んでいる。
「ごめんなさい。先約があるの」
そういう私は団扇で自分の顔をあおぐ。
「そうかい残念だよ。また来るね」
肩を落として玄関を出ていく和馬の背中を見送るとそっと息を吐き出した。夏休みの間これが毎日続くかもしれないのだ。
「はあ。どうしようかしら」
暑い中わざわざやって来た和馬を追い返すのも何度も続けば申し訳なくなってくるだろう。かといって二人仲良く並んで出掛けるわけにはいかないのだ。
和馬とは距離を開けなければいけない。一緒に過ごす時間なんていらない。それにそもそも先約なんていうのは嘘。今日はなんの約束もない暇な一日。そんな私の嘘を疑いもせず微笑む和馬を見て、胸がツキンと痛む。自分の人生のために優しい和馬を騙しているという罪悪感。
和馬……、ごめんね。だけどこれは和馬のためでもある。私が殺されないためであると言う事は同時に、和馬が私を殺さなくていいという事なのだ。
私が和馬の側にいるとまた同じ人生になってしまう。それではやり直した意味がない。
和馬のために。私のために。これは、そう。お互いのためなのだ。
その翌日、もし和馬が来たら何と言って追い返そうかと考えているとお母様に呼ばれる。
「藤花ちゃんお買い物に行きましょう?」
若干引きつる私の口端をお母様は見逃さなかった。
「嫌なの?」
「いえ……」
そうだ。今日はお母様について行こう。いつもなら調子が悪いなどと理由をつけて拒否するが、今日は甘んじて受け入れよう。和馬が来ても断る口実になる。
「一緒に行かせてくださいお母様」
「ふふ、良かった~。それじゃあ早速お仕度しなくちゃ」
気分の高揚したお母様が鼻歌を歌いながら洋服の物色を始めたので私も支度をするべく自室に戻る。そして支度を終えた頃に和馬が訪ねて来た。
「あら和馬くん」
玄関にいたお母様が和馬を出迎える。
「おはようございます、マキエ小母さん。お出掛けですか?」
「そうなの。藤花ちゃんも一緒に行くのだけど和馬くんも一緒に行く?」
「いいのですか?」
私はそれにちょっと待ってくださいとの意を込めて「お母様!」と叫ぶ。
「なによ藤花ちゃん、うるさいわねえ。女の子がそんなに大きな声を出すものじゃありませんよ。はしたないでしょう? ごめんなさいね和馬くん」
「いえ。僕は元気な藤花が好きですから」
「ふふ、本当に二人は仲良しさんね。嬉しいわ。そうだわ二人で逢瀬でもしてきなさいよ? あそこはどう? 美成堂パーラーのアイスクリイム。ソーダ水もいいわね! 今日は暑いから特別美味しいわよ」
お母様はうっとりしている。自分が行くわけでもないのに。
「そう言ってお母様は美成堂のお化粧水が欲しいのでしょう? わたしに買って来させようとしているのが分かるわ」
「あら凄いわ、よく分かったわね」
「だってお母様は今日、菱越百貨店に行きたいのでしょう? 美成堂とは方向が違うわ。この暑い中、あちらもこちらもと歩きたくないのでしょう?」
「それじゃあ藤花、小母さんのためにも二人で美成堂に行こうじゃないか」
「ええっ!?」
私は両手で頭を抱えるが暑さのせいで思考が上手く機能しない。
「本当に行くの?」
「ああ勿論。だってお小遣いをいただいたのだから小母さんの化粧水を買ってこなくちゃいけない。それにうちの母の分まで頼まれたんだ。お遣いを全うしなくちゃならないよ」
「そうね……」
今日の所は諦めて和馬と並んで美成堂へ向かう。電車に乗って銀座に行けばたくさんの人で賑わいを見せていた。
「藤花はほかに行きたいところはないの?」
「ええ。暑いから早くアイスクリイムをいただいて家に帰りましょう」
「もしかして身体の調子が悪いのかい?」
隣を歩いている和馬が私の顔を覗き込むので私は視線を斜め下に下げた。
「まあ……。暑いから……」
「気付かなくてごめんね」
「気にしなくていいのよ。ほら美成堂が見えたわ。行きましょう」
和馬の前を早足に歩いて店内に入ると甘い匂いが漂っていた。席に座りアイスクリイムを二つ注文する。
そういえば前の人生でも和馬と二人でよく美成堂パーラーに来ていた。というより無理矢理連れてきていたように思う。今の和馬は自発的にここまで来たためか無邪気ににこにこ笑っているが、前の人生での和馬はひとつも楽しそうな表情をせず、ぶすっとしていなかっただろうか。それを私は気にもせず、和馬をあちこち連れ回していた。
「和馬、楽しい?」
「うん。藤花と一緒だからね」
「そう……」
前の人生との違い。これはいい傾向だと受け止めていいのだろうか。だが安堵するにはまだ早い。私が殺される日までまだ数年ある。
だから拒否ばかりせず、この調子で和馬といい距離感を保とうと私は考えた。
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