1107人が本棚に入れています
本棚に追加
ひとりで生きていくには?
私は十五歳となる。
殺されるまであと二年。
来年にはいよいよ和馬と剛田由真が出会う日が訪れる。
だから私は、もしもの時――それを考えるようになった。
もし一度目の人生と同じことが起きたら……。起きないとは言いきれない。私を殺したあの男の魔の手からだけは逃げないといけない。しかしあの男を前にして逃げ切れるだろうか?
女の足が男の足に叶うはずはない。
事件が起こるより前に帝都から出るというのはどうだろう?
だがどこに行くべきなのか?
生活できる所があったとして、私一人で生きて行けるのだろうか――否だ。
一人で生活するなんて無理な話し。食事だってまともに作れない。それにお金だって必要になる。
「お金はどうしたらいいかしら?」
「お嬢様?」
「ひゃっ! ……鈴!?」
考え事をしていて鈴が部屋に来たのが分からなかったらしい。鈴は皿に盛り付けたイチゴをお盆にのせて目の前に立ち首を傾げた。
「お金がどうとか、言ってましたか?」
「あ、ええ。まあ。……鈴はここで女中として働いてお父様からお金をもらってるのよね?」
「さようでございます」
「女性が働くことが出来てお金がもらえるものって他に何があるかしら?」
「そうですね。あれは、どうですか? 奥様とお嬢様がよく行くデパアトの昇降機ガールですよ! 華やかで美しいですよね!」
「なるほどね! 他にはある?」
「ううーん……、そうですね。カフェエの女給さんでしょうか? 私の知り合いが働いておりますが、お客さんにお尻を触られるそうですよ?」
「まあ、お尻を触られるの? 嫌だわ破廉恥ね。でもあのフリルとレースの前掛けには憧れるわぁ。そっか、お仕事着が可愛いと殿方が触りに近寄ってくるのね」
「まあ! それは一利あるやもしれませんね。ささ、お話はここまでにしてイチゴをお召し上がりください」
「ありがとう、鈴。いただきます」
イチゴに手を伸ばし一つ摘んで先を囓ると、甘酸っぱい味と香りが飛んでいく。
「イチゴはお水で洗えば食べれるの?」
いつかの記憶で鈴が台所に立ち、イチゴを竹ザルの上で洗っていたのを思い出す。
「はい。汚れを落とすだけですからね」
「ごはんは? お米も洗うのよね?」
「お嬢様、お米は研ぐと言ったほうがいいですよ。そうですね、お米もお水で綺麗に研ぎます。どうされたんですか? 興味があるならあとで見に来られますか?」
「見るわ! ……いえ、私がしてみたいわ!」
「お嬢様がっ!?」
鈴の目が見た事ないほど丸くなった。そんなに驚く事を言っただろうか?
いや、鈴でなくても驚くかもしれない、と一度目の人生を思い出す。私が台所に行くのはいつだって食べ物や飲み物を求めに行く時だけ。
自ら何かを作りたい、やりたい、などと言ったことは一度もなかった。
これを機に私は鈴から食事作りを教わることになる。女学校でも教えられていたが、ほとんど他の子に任せていた私は包丁の持ち方さえも分からなかった。
そして女学校の授業も心を入れ替えて望んだ。興味のなかった料理の授業も、裁縫の授業も、今後の人生に役立つと思えばこそ意欲的に取り組む事が出来たのだった。
台所に何度か経って幾日。私としては上手くできたであろう卵焼きを鈴に頼んでお父様のお辨當に入れてもらった。お父様の帰りをわくわくとして待っていたのに、帰って来たお父様は鈴の体調を聞いている。
「鈴どこも悪くないのか?」
「はい、どこも?」
「どうされたのです旦那様? そんなに鈴の身体を心配なさって」
不審なお父様にお母様も首を傾げる。そんなお父様に向かって私は思い出したように身を乗り出した。
「お父様、卵焼きはいかがでしたか!」
「どうしたのだ藤花、少し近すぎだぞ?」
「どうでしたか卵焼き?」
「卵焼き……もしかして藤花があれを作ったのか?」
「はいっ、お父様!」
「はあ」
落胆のような安堵のような溜息を吐いたお父様は私の頭に手を置いた。
「そうか。藤花が作ったのか。鈴じゃないんだな。それならいいが……。だが藤花、卵の殻は入れないでくれ」
「入ってました?」
「ああ」
苦笑いのお父様に私は首を傾げる。だって卵の殻を入れた覚えはない。ただ卵はぐちゃぐちゃに割れてしまったから全て綺麗に取り除いたはずなのにーー。
あとで鈴に「また頑張りましょうね」と慰められたが、腑に落ちない。今日のも十分褒められていいくらい頑張ったのだから。
最初のコメントを投稿しよう!