ひとりで生きていくには?

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 桜が見頃を迎えると、「お花見に行きましょう」と和馬の小母さんに誘われる。少し遠出にはなってしまうが小川沿いに桜の木が連なって、まるで桜の川のように見える場所があるという。  一度目の人生の時に行った記憶でも美しかったのを覚えているが、それより私は和馬のお世話を甲斐甲斐しくしていた思い出がある。  鈴が作ってくれた三段の重箱から一つ一つ箸で摘んでは和馬の口に運び「美味しい?」と聞いていた。そうだ、あの時の和馬の顔。美味しそうな表情なんて一つもしてなかった。 『いいから、自分で食べれるから。藤花も食べなよ、本当にいいから、自分で食べれるよ』  そう言う和馬に私は、 『照れなくていいのよ。私なら大丈夫よ。それより和馬に美味しいものたくさん食べてもらいたいわ。こんなの陸幼では食べれないでしょ。ほら口を開けて?』  思い出すだけでため息が出る。陸幼で出るものが粗末な食事だと決めつけて、我が家の豪華な重箱を見せつけるようにしていた、心の貧しい私を知る。 「和馬には本当に酷いことをしてきたわね。……誘われたけれど、行くのは辞めましょう。そうしたら和馬も今度ばかりは静かに桜を見れるわね」  そして次の日曜、みんなは揃ってお花見に出掛けて行った。鈴に勧められて、重箱の中に私が作った不格好な卵焼きを詰めている。  開けたらみんな驚くかもしれない。  そんな私の予想通り、帰ってきたお父様は私を見るなり「がははは」と豪快に笑い出す。 「いや、なに。美味かったぞ。今度は殻も入ってなかったしな。がははは」  それはそうだ。卵を割ったのも鈴。味付けも鈴だもの。わたしは焼いただけ。見てくれがちょっと悪かったとは自覚しているけど。もう少し練習の必要があると思った私はまたお父様のお辯當に入れる卵焼きを作らせてもらう事にした。  ただ毎日作ることは出来なくて、出来る日だけ卵焼きを作る。そうして私が卵焼きを作った日にはお父様が笑いながら帰ってくるようになった。  そして、 「藤花、今日のは良かったよ。上達したものだなぁ。また頼むよ」  お父様が私に対して「頼む」なんて言ったことなどなく、私はその言葉に驚きを隠せなかった。  お母様は松子小母さんの家に一人で行くようになった。それは私が和馬に会いたくないがために断固として拒否し、家にいたからだ。  女学校の課題の裁縫や刺繍をしなければならないと言い訳をしてずっと部屋に閉じこもっている。  一度目の人生では、お裁縫の課題なんて放ったらかしにしてお母様を引っ張るように和馬の家に遊びに行っていたというのに。  行く度に和馬は、忙しいのだけど、と顔を顰めていたのに私はそのようなことに構う事もなく、良いから私の話しを聞いて、とよく女学校の話しをしていた。今思えば女学校の話しというより他の女の子の悪口を言っていたのではなかっただろうか。そんなものを延々と聞かされたら和馬でなくても面白くないだろうに、和馬もよくそんな話を黙って聞いていてくれたものだ。和馬が憂鬱そうに眉間に皺を寄せていても私は露ほども気にせず陽が落ちるまでずっと和馬の隣で口を動かしていたな、と思い出す。  忙しい中でそんな事をされたら幼馴染みと言えども辟易してしまいそうだ、と過去の行いを省みていた時だった。襖の外から声が掛かる。 「お嬢様、失礼します」  鈴だ。 「なあに?」  赤い刺繍糸を通した針を布にぷすっと刺しながら鈴に声を返すとゆっくり襖が開く。だがそこには鈴だけではなく、何故か和馬もいた。 「な、なんで!」  危うく指に針を刺しそうになったが、なんとか刺さずに済むとそれを横に置く。 「やあ、藤花。君がウチに来ないから寂しくて僕がこちらにお伺いしたのだよ」 「何言って……?」 「それでは後ほどお茶をお持ちしますね」  そう言って鈴が下がると、部屋には二人だけとなってしまう。  私が和馬の家に行かなくても、和馬はこちらに来てしまう。何という事だろう。私が和馬を避けても、和馬がそれをしないのでは意味がない。 「藤花?」  諦めにも似たため息を大きく吐いて、つとめて冷静に和馬へと向き合う。 「それで何かご用?」  出た言葉が素っ気ないを通り越して自分でも冷たく聞こえた。そんなつもりは無かったのだけど和馬にも冷たく聞こえてしまっただろう。 「用がないと藤花に会いに来てはいけないの?」  ほら。しゅんとして少し悲しそうな顔をしている。 「そんな事はないけど……」  そんな事はないけど、そんな事言わないでよ。それだと用がなくても私に会いたいと言う意味に聞こえてしまう。  違う、違う。和馬はそんなこと思っていない。和馬にとって私は疎ましい存在なのだから。そう、殺したいと思うほどに。  だから気を遣って私にそんな事を言わないでもいいのだ。 「もしかして忙しかった? 藤花は何をしていたの?」 「お裁縫の課題よ。わたしあまり得意ではないから」 「頑張ってるんだね。だけどたまにはウチにもおいでよ。今日もてっきり来るのだと思っていたのに、来なかったから母が会いたがっていたよ。勿論僕も……。いや、僕が一番藤花に会いたかった」 「そう……」  会いたいなんて嘘でしょう?  それに私は和馬に会いたくなかった。 「…………」  その証拠に会話が続かない。  けれどその沈黙を破るように和馬が私に向かって微笑んだ。それだけで空気が穏やかに変化する。まるで幼い頃のように。もしかして少し仲良く遊び過ぎたのかしらと頭を抱えた。
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