市松人形と西洋人形のお茶会

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市松人形と西洋人形のお茶会

 夏の暑さはすっかりどこかに行ってしまい、山の木々が色づき始めている。  ここ剛田邸の庭も見事に彩られ、様々な花が美しい顔をのぞかせていた。そう今日は、私とお母様は剛田様のお茶会に招待されているのだ。  たくさんのご婦人たちの中でもひと際目を惹くのは西洋人形かと思うような女の子と、西洋の絵画の中から出てきたような婦人。招待客たちがこの二人に挨拶している所をみると、これが由真と由真の母親なのだろう。そう思ったのはお母様も同じで「あの方が蘭子様ね」と私に向けて囁く。 「蘭子様。佐伯でございます」 「まあ! 来てくださったのね。嬉しいわ。そちらが藤花ちゃんね?」 「はい。佐伯藤花でございます。本日はお招きくださいましてありがとうございます」 「会えて嬉しいわ! こっちは娘の由真ですの。由真、藤花ちゃんをバラ園にご案内してあげて?」 「はい、お母様」  由真は微笑むと橙色のドレスの裾をふわりと揺らめかせて向きを変える。そしてちらりと私を見た時にはもう微笑んではおらず先先と進んでいく。  庭で開催されているお茶会の場からまた少し奥へと行くと赤いバラが見えた。 「剛田家自慢のバラよ」 「良い香りが届いてきますね」  鼻をすんと鳴らす私とは対照的に、由真はふんと鼻を鳴らした。たくさんのお客様をお迎えしてお疲れなのかもしれない。 「この香りは疲れまで癒やしてくれそうですね」  思ったままに声に出してみるが由真はとても不快な顔をした。もしかしてバラが嫌いなのだろうか? 「由真様?」 「ほんと貴女って市松人形みたいね」 「市松人形?」  由真の視線が私の顔から足先へ下りていく。同じように私も自分の衿元から帯揚げ、帯、帯締め、着物の裾へと視線をおろす。  着物の私が市松人形であるなら、ドレスの由真は西洋人形だろう。和馬が私を捨てて由真を選んだことに納得するほどの美人だ。 「由真様は肌も陶器のようでドレスがよくお似合いになりますから、まるで西洋人形のようですね。ドレスを着こなせるなんて憧れます」 「まあ、貴女が着たら馬子にも衣裳でしょうね」 「はい、そうだと思います。わたしにはやはり着物が一番落ち着きますので」  私が微笑むと由真は大袈裟なため息を吐いた。 「付き合ってられないわ。わたくしはお部屋に戻るわ」 「体調がよくないのでしたら誰かお呼びしましょうか?」  近くに女中がいないかと首をめぐらせる私に由真は、何もしないでと言って地面を強く踏み鳴らしながら屋敷の方へと行ってしまった。  気の強そうな女性だと言うのは分かるが、今日は気分が優れなかったのだろうか。それなのにバラ園まで案内していただいて、そのお礼も言いそびれてしまったと思ったがもう由真はどこにも見えない。  せっかく案内してもらったのだからと、もうしばらくバラの美しさを堪能することにした私はバラ園の中をゆっくり歩く。  バラ園というが広くはない。大人が三人、手を広げたくらいの大きさをバラがぐるりと囲っている。その中には私ひとりだけ。  婦人ばかりのお茶会の会場に戻る気もせず、私はしばらくバラの香りに包まれながら青い空を見上げた。  それからしばらくして、あの、と声を掛けられる。声の主へと視線をやればそこには見覚えのある顔があった。 「あなたは……」  声の主は剛田家の女中だろう。黒いスカートに白い前掛けを付けている。剛田家の女中に知り合いなどいないはずだが、しかし以前どこかで会っている。 「夏子の友達ですよね? ええと、お名前はたしか……」  夏子ちゃんの名前が出てきたことで、いつだったか夏子ちゃんの家にお邪魔した日の記憶がよみがえった。 「もしかして三佳さん? わたしは藤花です」 「そうそう藤花ちゃん! まあこんな所でお会いするなんて思ってもみなかったわ」 「わたしもです。三佳さんはここで働いているのですか?」 「はい、女中として働いてます。あ、何かお飲み物でも持ってきましょうか?」 「いえ、大丈夫です」 「そうですか。何かあれば声を掛けてくださいね!」 「ありがとうございます。まさか、夏子ちゃんの従姉の三佳さんがここで働いていたなんて……。あ、でもたしか夏子ちゃん、三佳さんは『オータ家』で働いているって言ってなかったかしら?」  オータと、ゴウダ。似ているようで全く違う。 「ふふっ、そそっかしい夏子らしい間違いね。これからも夏子と仲良くしてくださいね」 「はい。わかりました――」 「藤花ちゃん?」  私の視線は三佳さんの遠く後ろを捉えた。それはよく知った人物だったから私の目にとまったのだろう。 「あれは、和馬? それと誰かしら?」  バラ園も庭の奥にあると思っていたが、また更に奥へ奥へと向かう和馬の横顔と、もう一人男が和馬の前を歩いている。 「前を歩いているのは執事の黒岩ですよ。後ろにいらっしゃるのは藤花ちゃんのお友達ですか?」 「はい。私と夏子ちゃんも友達です」 「あら、そうだったのね」  和馬が剛田邸にいるのはおかしなことではない。由真の婚約者となっただろう和馬なら自由に出入りできるはずだ。だが和馬の横顔には覇気がまったくなく項垂れていた。  由真と婚約したのだから和馬は幸せで楽しい毎日を送っているのだろうと想像していたのに、少し見えた横顔は幸せとは縁遠い顔に見えた。  元婚約者としてではなく幼馴染として心配になる。 「どこに向かっているのでしょうか?」 「さあ? 奥には何もないと思うけど……」  生唾をごくりと飲む込むと胸がざわざわと嫌な感覚になる。和馬の身に何が起きているのだろう。私と円満に婚約破棄するだけではいけなかったのだろうかと心配になったが、でももう私には関係ないと割り切るしかなかった。 「和馬の邪魔になることをしてはいけないわ」  私の小さな呟きは三佳さんには聞こえていなかった。  執事と和馬の姿が見えなくなると三佳さんがこちらに顔を戻す。 「では私はそろそろ戻りますね」  三佳さんは夏子ちゃんと同じ屈託のない笑顔を向けてお辞儀をして戻っていく。  剛田邸という異様に緊張する空間の中でまた一人となった私は息のしづらさを感じていた。
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