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その夜、寝台の上で横になると、お茶会で初対面となった由真の顔と和馬の顔が浮かぶ。
前の人生で由真に会うことなんてなかったから知らなかったけど、本当にお人形のように愛らしい容貌の女性だった。由真のように美しい女性に言い寄られてなびかない男なんていないだろう。
「家柄でも負けて、容貌でも負けてたら、婚約破棄されるわよね」
自分で自分を貶めて悲しくなる。
でも和馬には幸せになって欲しい。由真の隣に和馬が並べばより一層華やかになるだろう。お似合いの二人だと、今度こそは心から祝福してあげたい気持ちになりながら目を閉じた。
それから幾日か過ぎたある日のこと。
女学校の帰り道に書店に寄って本を一冊求め書店を出ると貴男さんの後ろ姿を見つける。
「貴男さん!」
こんなところで偶然会えたのが嬉しくて声をかけるが貴男さんは私の声に気付かず早足に歩いていく。だが追いかければ追いつくだろう。そう思って駆け足となる。今日は海老茶色の袴だから足は動かしやすい。
少しだけ距離の縮まった背中へもう一度声を掛けようとした時、貴男さんは角を曲がってしまった。見失わないよう、その角を注視して私も同じ所を曲がる。
「貴――」
名前を呼びかけた口を荷物を持っていない方の手で押さえながら曲がったばかりの角を戻り、隠れる。
自分でもどうして隠れたのか分からないけど、何故か咄嗟に隠れなければと思ったのだ。
それは、そこに貴男さんともう一人目付きの鋭い男がいたから。しかもその男、剛田邸のお茶会で和馬の前を歩いていた執事に似ている気もする。
「執事の名前はたしか、黒岩だったかしら?」
だけれどあの目付きの鋭さは以前どこかで見た覚えがある。
「どこだったかしら?」
剛田家の執事と縁はない。それなら他人の空似か、もしくは活動写真に出てきた男性に似ているだけなのかもしれない。
しかし、そう思えども胸は嫌な音を立て続け苦しさが増すばかり。
和馬は剛田家に出入りできるとして黒岩と面識があるのは分かる。だが貴男さんとの関係は?
「分からない……」
でもそれを言うなら女中の三佳さんと面識がある私も同じようなものかと思えば、特別不思議に思うこともなく、それ以上難しく考えることをやめる。
そうなれば隠れているのも馬鹿らしくなってもう一度角から顔を出すが、そこには二人の姿はもうなかった。
それから貴男さんに会うこともなく冬に入っていた。そんなある寒い日に貴男さんから一枚の葉書が届く。私宛てだった。
年始の休みにまた伺います――と書いてあり、私はとても嬉しくなった。
だけど、それと同時に年が明けたら私は十七歳になる。十七歳で殺されたあの日の事を思い出さずにはいられない。
きっと大丈夫――そう思っても、ふとした瞬間に不安が襲ってくるのだ。
そしてお父様からも『婦女子の襲われる事件が起きている。外に出る際は充分に注意しなさい』と私やお母様、鈴にそう言った。
それは近い未来、私の身の上に起こる事のような気がしてならないのだ。外に出る度、その曲がり角から不審な男が出て来ないかと緊張してしまう。
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