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神田神社
年が明け、わたしはとうとう十七歳になった。
お正月の終わり頃、雪の日。
龍彦兄さんと貴男さんの二人は頭を真っ白にして帰って来た。
「お帰りなさいませ」
「只今帰りました」
「またお世話になります」
「ささ、こちらに火を用意しておりますよ」
かじかむ指をさすりながら鈴の後に着いていく龍彦兄さんと貴男さんの背中を見送ると、引き締めていた頬がだらしなく緩んでしまう。
仕方ないわよね、だってこの日をとても楽しみにしていたのだもの。
お母様と一緒に居間で待っていると程なくして、着替えた二人がやって来て、鈴が温かいお茶を淹れてくれる。
「藤花ちゃん、夏以来だけど元気にしていたかい?」
「夏にはあんなに寝込んでおいて、冬にはピンピンしていて何よりだな藤花!」
「むう」
龍彦兄さんの言い方が意地悪で私は頬を膨らませた。そんな私を見る優しい視線に気付くと、膨らませた頬をすぐに元に戻す。
「失礼します、お善哉を用意しました」
鈴が盆に温かな善哉を運んでくる。
「鈴、わたしも手伝うわ」
「ありがとうございますお嬢様」
盆に乗った善哉のお椀を一つずつ配膳するのだが、貴男さんの前に置く時だけとても緊張した。
けれど「ありがとう」と受け取ってくれる貴男さんを見れば緊張も消えて嬉しくなるのだった。
その日の晩、寝支度をしていると部屋の外から声が掛けられた。
「藤花ちゃん?」
「はい?」
襖を開けるとそこにいたのは貴男さん。
「少しいいかな?」
「どうぞ、中に入ってください」
部屋に招くと寝台に腰を下ろしてもらい、私もその隣に座るとふわりと膝掛けを広げた。
「寒いので掛けてくださいね」
「ありがとう。ではもう少し近寄ろうか。隙間をなくせば温かいだろう?」
私が頷くのを見て貴男さんは私の腰を引き寄せてくださる。うんと近くに貴男さんのお顔があり、私の右手は貴男さんの左手にぴたりと添う。
温かいのだけど、右側だけがじわりじわりとそれを通り越し暑くなってくる。
お話したいことはたくさんあるのに、近過ぎて、意識し過ぎて、緊張して、ゴクリと生唾を飲み込んで固まる。
「藤花ちゃん」
「は、い?」
「ふっ、どうしたの?」
「い、え……」
どうしてか上手く言葉が出ず、膝掛けの端をぎゅっと握った。
「やっぱり藤花ちゃんは可愛いね。ねえ明日一緒にどこか出掛けないかい?」
「は、はい! 是非……」
「どこに行こうか? 行きたいところはあるかい?」
貴男さんが覗き込むように顔を傾けた、その時だった。声もなく部屋の襖がさっと開いたのは。
「おおい藤花――って、悪いっ。貴男居たのか」
私と貴男さんを見た龍彦兄さんが頭を掻きながら、どこか別の所を見ていた。
「龍彦兄さん、どうしたの?」
「ああ、いや、いいんだ悪い。用は、特にない。藤花早めに寝るんだぞ。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
そのままパタ、と襖を閉めて行く兄さんに、何だったのだろうかと思っていると、貴男さんがクスっと笑った。
「龍彦にちょっと邪魔されちゃったね。今日はこれくらいにしておこうか。また明日、どこに行きたいか考えておいて。藤花ちゃん、おやすみ」
「お、やすみなさい?」
貴男さんに掛かっていた膝掛けを私の膝に戻される。そのままもう一度、おやすみ、と言って貴男さんは部屋を出て行った。
誰もいない部屋にひとり。しんとした空間に寂しくなった私はその時になって、もう少し一緒にいたかったな――などとはしたなくも思ってしまったのだった。
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