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おれの自作のアトリエは、
住んでるビルの中にある。
3階部分と4階部分、上階の床をくり抜いて、吹き抜けにした天井は高く、
壁は全面石膏ボード、スケッチや過去の作品群が、てんでバラバラに貼り付けてある。
かなり昔に手がけたものは、かなり高い位置に貼ってあるが、
壁にはちょっと細工があって、そばに垂れてるチェーンを引くと、8面パズルのパネルのように、上下がクルクル入れ替わる。
部屋にあるのはシンプルなもの。
質素な椅子と質素な机。
木の棒を三角に組み合わせた昔ながらのキャンバス立てと、
白いシーツのベッドがひとつ。
(ヤラシーことに使うんじゃないぜ?)
今日もまた。
モデルの少女はベッドの上で、裸の胸を片手で隠し、ほのかに顔を赤らめながら、「人魚のポーズ」を取っている。
部屋にはおれと二人きり。
だけど彼女に注がれるのは、画家であるこのおれの目線と、壁に貼られた絵画の中の、物言わぬ無数の視線たちだ。
モンゴロイドにニグロイド、アンドロイドもたまにいる。
みんなおれが街で頼み込んで、ヌードモデルになってもらった。
専属モデルなんて雇えない、全員一回きりの関係。
だからこそおれはその一回に、全身全霊で美を求める。
静かな空気を震わせるのは、キャンバスをなぞる絵筆の音と、少女の秘めやかな息づかい。
ヌードを描かれている最中、会話を好むモデルもいれば、黙り込んだままのひともいた。
真面目な顔。はにかみ笑い。
自分がいちばん素敵に見える、顔の角度を探すひと。
もしもモデルが絵を欲しがれば、タダ同然で譲ってやるが、
本人以外には絶対に、売りもしないし話もしない。
(客の秘密はしっかり守る。それが、画家としてのポリシーだ……)
何度もコンテストに挑んでは、
その度にひどく打ちのめされて、
一度も賞を獲ったことのない、
強がりばかりのおれのポリシー。
無職になって早七年。
思えばこんな活動を、もう七年も続けてきたが、
むなしい努力だとは思わない。
おれはきっと、成し遂げてやる。
たとえ寿命が縮んでも、人生が半分になったって、
「夢」ってものはそう簡単に、諦めがつくものじゃない。
まだまだ無名の素人だけど、いつかこの狭いアトリエを抜け、ビッグな画家になってやるんだ。
(そうさ……ヒーローなんかじゃねえ……)
自分の選んだこの道で、
世に力を認められたい。
だれにも教えてやりはしないが、
喉から手が出るほど焦がれてる、
それが、奈良部羊一の、
秘かな人生の野望だった。
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