2.休日に予定なんてねぇ

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おれの自作のアトリエは、 住んでるビルの中にある。 3階部分と4階部分、上階の床をくり抜いて、吹き抜けにした天井は高く、 壁は全面石膏ボード、スケッチや過去の作品群が、てんでバラバラに貼り付けてある。 かなり昔に手がけたものは、かなり高い位置に貼ってあるが、 壁にはちょっと細工があって、そばに垂れてるチェーンを引くと、8面パズルのパネルのように、上下がクルクル入れ替わる。 部屋にあるのはシンプルなもの。 質素な椅子と質素な机。 木の棒を三角に組み合わせた昔ながらのキャンバス立てと、 白いシーツのベッドがひとつ。 (ヤラシーことに使うんじゃないぜ?) 今日もまた。 モデルの少女はベッドの上で、裸の胸を片手で隠し、ほのかに顔を赤らめながら、「人魚のポーズ」を取っている。 部屋にはおれと二人きり。 だけど彼女に注がれるのは、画家であるこのおれの目線と、壁に貼られた絵画の中の、物言わぬ無数の視線たちだ。 モンゴロイドにニグロイド、アンドロイドもたまにいる。 みんなおれが街で頼み込んで、ヌードモデルになってもらった。 専属モデルなんて雇えない、全員一回きりの関係。 だからこそおれはその一回に、全身全霊で美を求める。 静かな空気を震わせるのは、キャンバスをなぞる絵筆の音と、少女の秘めやかな息づかい。 ヌードを描かれている最中、会話を好むモデルもいれば、黙り込んだままのひともいた。 真面目な顔。はにかみ笑い。 自分がいちばん素敵に見える、顔の角度を探すひと。 もしもモデルが絵を欲しがれば、タダ同然で譲ってやるが、 本人以外には絶対に、売りもしないし話もしない。 (客の秘密はしっかり守る。それが、画家としてのポリシーだ……) 何度もコンテストに挑んでは、 その度にひどく打ちのめされて、 一度も賞を獲ったことのない、 強がりばかりのおれのポリシー。 無職になって早七年。 思えばこんな活動を、もう七年も続けてきたが、 むなしい努力だとは思わない。 おれはきっと、成し遂げてやる。 たとえ寿命が縮んでも、人生が半分になったって、 「夢」ってものはそう簡単に、(あきら)めがつくものじゃない。 まだまだ無名の素人だけど、いつかこの狭いアトリエを抜け、ビッグな画家になってやるんだ。 (そうさ……ヒーローなんかじゃねえ……) 自分の選んだこの道で、 世に力を認められたい。 だれにも教えてやりはしないが、 喉から手が出るほど()がれてる、 それが、奈良部羊一の、 秘かな人生の野望だった。
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