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おれの住まいは裏町の、「開発未定」地区にそびえる築50年のおんぼろビルで、「1」から「4」まである階すべてが死んだ親父の名義のままだ。
立地の悪さもさることながら、かなり特殊な造りのせいで、貸しテナントは埋まらないから当然、金も入らない。
見た目は廃墟、中身も廃墟。
年中故障のエレベーターか、ポロポロ崩れる外階段の、地獄の二択で上がった2階がわが家の狭い玄関だった。
「お帰りなさい! 羊一さま!」
ドアを開けると「待ってました!」と、
おれの腰丈くらいの背をしたちっこい幼女が飛びついてきた。
早起き好きのぱっちりおめめ、お料理好きのエプロン姿。
けなげで甘いお子さまボイスは、おれに残ったわずかなばかりの「罪の意識」に訴えかける……。
「洋一さまのお戻りを、ベルはずーっと待ってましたの! 千夜さま! 千夜さま! お戻りですわ!」
両手をぐいぐい引っぱられ、リビングに引きずり込まれるおれ。
ベルの騒ぎを聞きつけたのか、部屋の奥からややのっそりと、寝起きの猫のような動きで別の女が姿を見せた。
「……遅かったわね、奈良部くん。プレゼントでも買ってたのかしら?」
もちろん、これはただのイヤミだ。
長い黒髪、じっとりした目。
濃紺色のローブを着込んだ低身長のちょいぽちゃ女。
こいつの名前は桜千夜。
わが家のふてぶてしき居候。
「なんだかタバコの臭いがするわ……」
千夜はすんすん鼻を鳴らして、おれの背後にするりとまわり、
「ねぇ、『まさか』と思うけど……」
耳にゾワっとつぶやいてきた。
「月に一度の『支給金』……『手をつけた』ってことはないわね?」
「ああ……うん、それなんだがな……」
言いよどむおれに追い打ちをかけ、
「羊一さまは潔白ですわ!」
無慈悲なベルの擁護が入る。
「先月、『あれだけ』後悔されて、『あれだけ』土下座されましたもの……きっと反省なさってますわ! ベルは信じておりますわ!」
キラキラした目に耐えかねて、おれは思わず天を仰いだ。
——パチンコで、ほぼスッたとか、
口が裂けても言えそうにねぇ……。
(ああ、ごめん。ごめんな、みんな。来月は勝って『2倍』にするよ……)←
悲しいけれど、これが現実。
わかってるんだ、責めないでくれ……。
世間のまじめな17歳は、みんなしっかり働いている。
色々あっていまだに無職、生活保障を受けているのは、おれみたいなダメ野郎だけだ。
(でもさあ、不公平だよなぁ。もっと『昔』の時代なら、おれぐらいの歳のやつなんて、まだまだ遊んでいられたんだろ……?)
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