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「黒岩さん、来月あたまから二週間ほどお休みをいただきます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」  吉岡が朗らかな声で黒岩に宣言する声が聞こえてきた。謝罪の形をとってはいるが、ちっとも申し訳なさそうには聞こえない。新婚旅行を兼ねた挙式のため、来月からモルディブへ行くそうだ。 「いえ、気にしないで。楽しんできてください」 「うふふ、ありがとうございます!」  黒岩の事務を担当して長いのか、吉岡は黒岩の反応が鈍かろうが返しがそっけなかろうがお構いなしに喋り続けている。親戚をどれくらい招待するか決めるのが大変だったこと、宿泊するホテルや挙式するチャペルのこと、黒岩には通じなさそうなドレスの形まで楽しそうに語ってきかせた。 「お土産買ってきますね!」 「お土産なんていいので、モルディブの話でも聞かせてください。俺もいつか行ってみたい」 「もちろん! たくさん聞いてもらいますよ。 て言うか黒岩さん、誰と行くんですか。一人で行っても寂しいですよ」  吉岡の失礼極まりない質問に、思わず黒岩が吹き出した。聞き耳を立てていた充もこっそりと笑いを噛み殺す。 「そりゃあ恋人と」  笑いながら、さらりと黒岩が答えた。 「……え? あ、ああ。ですよね」  初めて聞く黒岩の恋愛話に、さすがの吉岡もたじろいだ。二人のやりとりをなんとなく聞いていた周囲の人間も、思わず黒岩の顔を振り返った。しん、と静まり返った中、黒岩だけがいつもの涼しい顔だ。相変わらず表情は乏しいが今までと違って暗い影はない。  充は、赤らむ顔を誰にも見られないよう、モニターの影で小さくなった。ハラハラする気持ちと嬉しい気持ちが半々で押し寄せてくる。黒岩は、ときどきびっくりするくらい大胆で、こちらが恥ずかしくなるくらい、充のことを大切にしてくれる。
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