獣の襲撃

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 一方、明智は組員たちの無様な姿をスマホで何枚も撮影する。  だが、その動きが止まった。ひとりの組員が、凄まじい目付きで睨んでいる。サングラス越しにも、その組員の憎しみは伝わってきている。  明智は、ふふんと鼻で笑った。 「こんなことして、ただで済むと思ってんのか。俺たちは銀星会だぞ……そう言いたいんだろ? でもな、銀星会だろうが何だろうが、死ぬ時は死ぬんだよ」  言いながら、明智はライターオイルを取り出した。組員の尻の周りにかけ始める。  すると、組員の顔つきが変わった。恐怖に怯える表情だ。  だが、明智はお構い無しである。 「さて、特別に君のバラには火を点けてあげよう。燃え上がる真っ赤なバラを、君の尻に捧げよう」  そう言うと、明智はライターを取り出す。  そして、バラに火を点けた。 「だから、来れば分かるって言ってんだよ。大貫ビルの六〇一号室だ。早く行きなよ。間違いなく、柔田さんの手柄になるから」  数分後、駅前の電話ボックスの中で、受話器に向かい一方的に喋る明智。その表情は落ち着いている。先ほどまでの狂気の振る舞いが嘘のようだ。 (手柄なんざ、どうでもいい。そいつらは全員、銀星会なのか?)  受話器から聞こえてきた声は、完全に冷めきっている。銀星会という単語に対しても、怯む気配がない。 「いや、ひとりは違う。指名手配犯の二瓶辰雄だよ。あんた大手柄だぜ。さっさと行かねえと、銀星会の連中が来て、別の場所に移しちまうかもしれねえぞ」 (ちょっと待て。銀星会と二瓶が何で一緒にいる?) 「話すと長くなる。それに、あんただって刑事なんだから、その辺のからくりは分かるだろ? とにかく早く行きなよ」  明智がそう言うと、受話器の向こうから、チッという舌打ちが聞こえた。 (面倒くせえことさせやがって。今から行くよ) 「それでこそ柔田さんだ。ひとりケツが燃えてる奴がいるけど、気にしないでくれ」  柔田三郎(ジュウタ サブロウ)は……もともと暴力団の事件を担当していた刑事だったが、銀星会の人間にハメられて異動させられてしまった。その後、真幌署でくすぶっていたところを明智と出会う。  今の柔田は、ただの悪徳警官である。明智に弱みを握られ、協力させられてはいるが……今も銀星会に対し、恨みは抱いている。したがって、今回の件にはちょうどいい手駒であった。  翌日、明智は昼過ぎに目覚めた。リビングに行くと、ダニーがテレビを観ながらサンドイッチを食べている。 「兄貴、おはよう」  ダニーは楽しそうに挨拶する。顔はともかく、その仕草は無邪気なものだ。昨日、武闘派の組員たちを一瞬で片付けた者と同一人物とは思えない。 「おはよう、ダニー」  言いながら、明智はテーブルに着いた。テレビでは、ワイドショーが放送されている。その話題は、昨日の二瓶辰雄に関するものであった。刑事の柔田が、大貫ビルの一室に潜んでいた二瓶を逮捕した事件は、あちこちの局で大々的に放送されている。もっとも、銀星会の組員たちは「なかったこと」にされているが。  テレビ画面では、したり顔のコメンテーターが勝手な空想をペラペラと撒き散らしている。明智は、あまりの馬鹿らしさに苦笑するしかなかった。  さらに、別のコメンテーターも適当なコメントをしていた。どいつもこいつも、みんな嘘ばかり吐いている。いや、むしろ堅気の人間の方が嘘吐きだ。自分を大きく見せるために、嘘ばかり吐いている。  真実を知っているのは自分たちだけだ。今回の事件は、明智なりの銀星会への宣戦布告である。このまま明智らがのし上がって行けば、いずれは銀星会ともやり合うことになる。それまでに、少しでも戦力を削いでおきたい。  しかも、この事件の詳しい顛末は、他の組にも知られているはず。銀星会が二瓶の身柄を押さえていたが、何者かの襲撃を受けた挙げ句に警察の介入を許してしまった……この事実は、確実に銀星会の株を下げただろう。  そんなことを思いながら、明智はダニーを見た。ダニーは、テレビのコメンテーターのような嘘を吐かない。嘘を吐く必要がないからだ。本物の天才には、自分を大きく見せようなどという姑息な気持ちなど無い。自分の凄さを、きちんと自覚出来ているせいだ。  しかし、その本物の天才は……闇の世界で生きなくてはならないのだ。  いつか、誰にも文句を言わせないくらいの金をかき集める。  そして、ダニーを表の世界に送り出してやる。  俺の金と力でな……。
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