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「終わってもいいんじゃありませんかねえ。あの家の存在は歪んでますよ。いずれにしても、放っておけば神居壮介の代で神居家は終わるだろう……私はそう考えています」
「その考えを、よりによって僕の前で言いますかね……いやあ、大したもんだ。明智さん、あなたは大物ですね。本当に大物だ」
受け止め方によっては、皮肉ともとれる言葉ではあるが……実際に岸田は感心しているようだった。首を振りながら、目線を宙に向ける。
一方、立花の顔つきも変化していた。先ほどまでは、神をも殺してしまいそうな目付きでダニーを凝視していたのに、今では真剣な面持ちで明智の話を聞いているのだ。
明智は話を再開する。
「そこで、私はこう考えました。どうせ滅びるのならば……いっそのこと、うつけ者であるあなたが神居家を継いだ方が良いのではないか、とね」
「うつけ者、ですか」
口を歪め、苦笑する岸田。だが、不快には感じていないようだ。
「そうです。いいですか、今後の裏社会は大きく様変わりするのは間違いありません。まず、近いうちに銀星会が分裂します。次いで、士想会も代変わりとなるでしょう……あの会長さんも、引退を決意されているようですしね。今後、我々の住む世界は、戦国時代のごとき混沌とした有り様へと変貌していくわけです」
「それは、確かな情報なんですか?」
横から口を挟んだのは立花だ。
「ええ、間違いないでしょうね……そうそう、ついでだから言っておきますよ、立花薫さん。桑原徳馬さんが、あなたによろしく伝えてくれ、と言っておりました」
そう言って、笑みを浮かべる明智。彼は手応えを感じていた。流れは間違いなく、こちらに来ている。後は引き寄せるだけだ。
しかし、ここで焦ってはならない。ここから先は、より慎重に言葉を選び交渉していく。
頭の中で様々な考えを巡らせながらも、明智は言葉を続ける。
「岸田さん、こんな時代だからこそ……あなたのような指導者が求められているのだ、と私は思います。いわば、あなたは織田信長の役割を担うことになるのではないか、と──」
「すみません、ちょっと待ってください」
右手を挙げ、明智の話を遮る岸田。と同時に、彼は脇にあるカバンを開け、何かを取り出す。
それは二枚の紙だった。週刊紙と同じくらいのサイズの紙である。どちらにも、別々の絵が描かれていた。岸田はそれを、テーブルの上に並べる。
「明智さん、あなたにお聞きしたいのですが……どちらの絵が価値があると思いますか?」
「はい?」
予想だにしていなかった展開に、さすがの明智も戸惑っていた。思わず口を開け、岸田を見つめる。
だが、岸田はお構い無しだ。
「なに、簡単じゃありませんか。この二枚の絵、どちらが価値があるか……あなたの意見を聞かせていただきたい。さあ、どちらだと思います?」
そう言うと、岸田はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。嬉しくて楽しくて仕方ない、といった表情で明智を見つめ返した。
明智は仕方なく、二枚の絵に視線を移す。片方は、綺麗な街の風景を描いたものだ。年齢も性別も職種もバラバラな人間たちが、細かく描かれている。
もう一枚は、完全に真逆の雰囲気であった。全裸の少女の周囲で、美しく着飾った者たちがパーティーをしている……ただし、彼らの頭の部分は犬だったり猫だったり鳥だったりするのだが。
そう、動物の頭を付けタキシードを着た者たちが、パーティー会場でグラス片手に談笑しているのだ。そんな中、全裸の少女だけは床にしゃがみこみ、絶望的な表情でじっと天井を見つめている……そんな奇妙な絵であった。
明智は首を捻る。もとより絵画には、欠片ほどの興味もない。本音で答えることが許されるなら、どちらの絵も一円の価値も無い、と答えるだろう。
だが、今回はそうもいかない。岸田は、何のためにこんなことをさせるのか……間違いなく、明智をテストしているのだ。もっとも、岸田の望むような解答を出せるかは不明だが。
「さて明智さん、どちらを選びますか?」
「そうですねえ……こちらだと思います」
言いながら、明智は右側の絵を指差す。
「ほう、そちらですか。何故そちらを選んだのか、よろしければ聞かせてくれませんか?」
尋ねる岸田に、明智はいかにも意味深な表情を向ける。
「岸田さん、絵を評するのに、いちいち言葉や理屈が必要ですか?」
「はい?」
「肝心なのは、自分がこれを好きだという想い……それが最も大切でしょう。口先だけの言葉を用いて褒め称える、それはむしろ誤魔化しなのではないですか。私は、こちらの絵の方が価値があると感じました。理由はそれだけです」
「なるほど。しかし残念ながら、価値があるのはこちらです。日本の有名な画家の作品ですよ。海外でも、高い評価を得ているそうです」
言いながら、岸田は左側の絵を指差す。街の風景が描かれた絵だ。言われてみれば、こちらの方が綺麗にまとまっている気はする。明智は思わず苦笑した。
「そうでしたか。いやあ、私は見る目がないですね」
「でも、僕もこちらの絵の方が好きですがね」
そう言って、岸田は右側の絵を指差す。動物の頭を付けた者たちに囲まれ、絶望的な表情を浮かべている少女が描かれている絵を。
怪訝な表情になる明智。これは、どういうことなのだろうか。
だが、その答えはすぐに出た。岸田は微笑みながら、右手を差し出してきたのだ。
「あなたとは、気が合いそうだ。是非とも、本家のバカを始末してください」
「やりましたね、明智さん。これで、神居家とのパイプが出来ましたよ」
帰りの車の中、小林は安堵の表情を浮かべながら言った。
「ああ。岸田は噂以上のキチガイだったが、どうやら気に入ってもらえたらしいな」
「じゃあ、明智さんにも、ついに強力な後ろ楯が出来たわけですね」
何気ない小林の言葉に、何故かダニーが反応した。
「あ、兄貴、後ろ楯って何だ?」
「はあ? 後ろ楯ってのはな、簡単に言うと頼りになる味方ってことだ」
「味方……」
「そう。あの岸田ってのは、俺たちの味方になるんだよ」
「じゃあ、俺より頼りになるのか?」
ダニーの問いに、明智は笑いながら答える。
「当たり前だ。あいつと神居桜子をこっちに引き込めば、お前の手を煩わせるようなことにはならねえよ。お前は、家でのんびりしていればいい」
今の明智は、極めて機嫌が良かった。だからこそ、さして考えもせずに言葉を発した。
その言葉が、どのような影響をもたらすか考えもせずに。
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