獣の襲撃

2/3
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
 真幌市は、もともと下町であった。駅から五百メートルも離れると、そこには昔ながらの風景が残っている。築ウン十年の木造アパート、鉄条網に囲まれた空き地、得体のしれないゴミ屋敷、さらには町工場の残骸などなど。そういったものが、未だに放置されているのだ。  しかし駅の周辺は開発が進んでいて、ごくたまに若者向けの雑誌などで取り上げられることもある。お洒落な店も一応は存在していた。  真幌駅から、約十分ほど歩いた位置に建てられている大貫ビル。そこの一室は、以前より銀星会の息のかかった企業が借りていた。もっとも、実態のない幽霊会社ではあるが。事実、今までは人の出入りなどなかった。  しかし一月ほど前から、その部屋には五人の男たちが住んでいる。そのうちの一人は、指名手配犯の二瓶辰雄であった。 「おい、てめえ本当に二人も殺したのかよ?」  ぶるぶる震えている二瓶に向かい、ジャージ姿の男が尋ねる。言うまでもなく、銀星会の組員だ。一見すると粗暴な雰囲気ではあるが、訓練された兵士のようなストイックさも併せ持ち、そこらのチンピラなど比較にならない凄みを醸し出している。耳は餃子のような形になっており、その目付きにも油断がない。他の組員も、似たような雰囲気の持ち主である。  そう、今この部屋にいるのは……たった四人とはいえ、組員の中でも荒事に特化した者ばかりであった。格闘家や自衛官といった経歴を持つ、銀星会の中でも一騎当千の強者たちなのだ。万一の事態に備え拳銃は持っていないが、催涙スプレーやスタンバトンのような合法的な武器は持っている。それ以前に、彼らは全員、素手で簡単に人を殺せるのだが。  そんな彼らが、殺人犯の二瓶を逃がさないために部屋に常駐している。さすがの二瓶も、本物の武闘派ヤクザを前にしては、震えることしか出来なかった。もちろん、逃げることなど出来るはずもない。  そんな時、いきなりドアホンが鳴る。  ひとりの組員が、防犯カメラのモニターを見た。ドアの前には、運送会社の制服を着た背の高い男が立っている。帽子を目深に被りサングラスをかけているため、顔の判別は出来ない。その手には、小さなダンボール箱を持っている。荷物を届けに来た配達員のように見える。  しかし、サングラスをかけた配達員などいるだろうか。ダンボール箱と一緒に、バラの花束を抱えているのも意味不明だ。 「どちらさんで?」  モニターに向かい、組員が尋ねる。 「お届け物です」  やはり配達員らしい。だが、男の素性など知ったことではない。 「てめえ何なんだ? こっちは、てめえなんかに用は無いんだ。とっとと失せろ」  ドアホンに向かい、組員は言った。荷物が届く、などという話は聞かされていない。何かの間違いであろう。  だが、配達員に引き下がる気配はない。 「いや、こちらの部屋で間違いないんすよ。早く受け取ってください。こっちも後の仕事が詰まってるんすけどねえ」  配達員の口調は、傍若無人なものであった。カメラに映し出されている姿も、いかにも頭の悪そうな態度で足を小刻みに動かしている。 「あのバカ、中に入れてきっちり説教してやるか?」  組員のひとりが、声を荒げる。 「やめとけ。俺が面みせて追い返して来る」  別の組員が、そう言って立ち上がった。体は大きく耳は潰れており、顔つきも堅気には見えない。町のチンピラくらいなら、その鬼瓦のごとき顔で追い返せるだろう。  組員は肩をいからせ、玄関に向かい歩いて行く。 「おい、お前どこの会社だよ。ちょっと伝票見せてみろ」  ドスの利いた声で言いながら、組員はゆっくりとドアを開いた。  ・・・  目の前で、ゆっくりとドアが開かれる。明智光一はニヤリと笑った。  やがて、いかつい顔がヌッと突き出されてくる。顔の主は明智を睨み、なおも言葉を続ける。 「おいコラ、てめえ何処(どこ)の会社だよ? 言ってみろや」  そこで言葉は止まった。明智の持っていたダンボール箱から、妙な液体が吹き出したのだ。液体は水鉄砲から放たれたかのような軌道で飛び、組員の顔に当たる。  すると、組員の目にやけつくような痛みが襲う。野獣のような声を上げ、反射的に両目を手のひらで覆った。  しかし、さすがに精鋭の組員だ。不測の事態に対する反応も早い。すぐさま中にいる組員に叫ぶ。 「くそ! やられた! 襲撃だ!」  それまで寛いでいた組員たちは、その声に反応し戦闘態勢に入る。  だが、彼らは気づいていなかった。真の敵は、ベランダに潜んでいたことに。  黒い目出し帽を被ったダニーは、音もなく部屋に侵入した。  こちらの侵入に気づかず、背中を向けていた組員めがけ、背後から強烈な右ハイキックを放つ──  突然、金属バットのフルスイングのような一撃を食らった組員は、何をされたのかわからないまま意識を刈り取られた。  ダニーは間髪入れず、さらに攻撃を続ける。だが、彼の存在に気づいた者がいた。ひとりの組員が、鋭い声を上げる。 「クソ、てめえら何処の組だ!」  直後、その組員は武器を取り出すべく内ポケットに手を伸ばす。結果、一瞬ではあるがダニーから視線が逸れる。  ダニーが、その隙を逃すはずがなかった。一瞬のうちに間合いを詰め、組員の首を両手で掴む。  直後、飛び上がるような膝を顔面に入れる──  顔面を砕かれ、崩れ落ちる組員。すると、別の組員が凄まじい形相で襲いかかる。百キロを超えているであろう体格から、鋭い左ジャブが放たれた。ジャブと言えど、この体格で打てば大抵の人間はノックアウトできるだろう。  しかし、ダニーはそのジャブを簡単に払い落とす。と同時に前進し、横から抉るような右肘を叩き込む。さらに、下から突き上げるような左肘を放つ──  顔面から血と歯を吹き出しながら、組員は倒れた。  その時、悲鳴を上げながら立ち上がった者がいた……二瓶だ。二瓶は常軌を逸した様子で、慌てて玄関に向かい走り出した。  しかし、そこには制服姿の明智が立っていた。 「どこに行こうってんだよ、おい」  その言葉の直後、二瓶は強烈なボディーブローを食らって悶絶した。 「さて、これで良し。マニアが見たら喜ぶぜ」  そう言っている明智の目の前には、五人の男たちが並んでいる。全員が土下座のような姿勢で、手首と足首とをダクトテープでぐるぐる巻きにされている。ご丁寧にも、右手首と右足首、左手首と左足首という形でテープを巻かれているので、否応なしに尻を高く上げ、顔を床に着けた体勢を取らざるを得ない。  さらに、口には猿轡をかけられている。しかも全員、衣服の類いはいっさい身に着けていない。全裸の土下座という状態で並ばされているのだ。  そして……彼らの肛門には、バラが一輪ずつ突き刺さっていた。 「この画像を拡散したら、面白いことになるだろうなあ」  言いながら、明智はダニーに手で合図した。ベランダの方を指差し、次いで親指を下に向ける。  すると、ダニーは声を出さずに頷いた。ベランダの方に音も無く歩き、手すりを伝って下へと降りて行く。ここは六階であり、落ちればただではすまない。にもかかわらず、ダニーはするすると降りて行った。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!