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2050年十二月十五日。人々はある少年の話題で持ち切りだった。その少年の名を知らないものは、今や誰もいない。
その日、その少年はまた新たな偉業を成し遂げ、表彰式に招待され、表彰された。
彼はコンピュータによって行う数々のことを奇想天外なアイデアと技術により進化させていた。ベテランの科学者たちがどんなに力を合わせても、彼をしのぐことは決してできなかった。それほど少年は優れていた。
そんな彼に誰もが口を開いて言った。
「すごい!天才だ!おめでとう!」と。
そして、評論家たちはこぞって彼のことを新聞、テレビなどのメディアを盛大に使って評価し、称賛した。
💛
退屈な表彰式が終わり、僕はゆっくりゆっくり歩いて家に向かっていた。今年は例年より寒くなるといわれているが、今日は特にひどい……。家を出たときに防寒着を持ってくればよかった。今僕は制服姿だが、そんなものではこの寒さをしのぐことなど到底できない。
……早く帰ろう……。
冷えた道をしばらく歩いてようやく家の近くまでたどり着いた。高校に入学するのをきっかけに実家を離れ、小さなアパートで一人暮らしている。だが、もうじき新しいところに引っ越すことになる。僕は高校三年。つまり、大学に進学するのだ。同学年の人たちは大学受験に向け、切磋琢磨に勉強をしているところだろう。しかし、僕はそんなことはしていない。高校に入学し手から間もないころ、即座にものを転送させるワープシステムの不具合を解消するべく、一からワープシステムを作り直したことで表彰された瞬間、僕の進路は確定した。
もうじき離れることになる我が家。どんなに小さくても、確かにここに僕は、二年以上暮らしてきた。……多少は感慨深いものはあるのかもしれない。
家の前には小さな路地があった。街灯はところどころにちりばめられているにも関わらず、そこだけはいつも薄暗かった。
今日もその前を通り、そのまま家に入ろうとした時、ふと見覚えのあるものが僕の目に入った。
「……え?」思わず声が出た。なぜなら、その路地の隅っこに、僕が五年ほど前に作ったカノジョがいたからだ。
(そんなばかな!あの時確かに……)
しかし、実際にカノジョはそこにいる。
……五年前、僕が壊し、棄てたはずのカノジョが……。
💓
幼いころからコンピュータに関心を持ち、小学一年の時には簡単なものだが、一人でコンピュータゲームを作れるようになっていた。両親にそれを見せ自分が作ったのだといっても、信じてくれなかった。勇者が村から旅立ち、魔王を退治するという安直な内容にしたせいだったかもしれないと当時の僕は思い込み、次は自分の住んでいる家をスキャンして、プログラム化し、仮想世界の中で我が家と近所を作って見せたが、それでも親は信じてくれず、「家によく似ているのね~」とあまりにも無関心でそっけない対応をされてから、僕は自分が何を作っても両親に見せることはなかった。
同じ学校に通う人たちは毎日毎日コンピュータゲームで遊んでいた。休み時間も、放課後も。それを見て一度だけ「作らないの?」と聞いてみたが、みんなはぽかんと口を開け笑った。
僕にとって、コンピュータはすべてだった。学校の勉強なんて、コンピュータに比べれば、ただの御遊戯に過ぎない。今、この世界をいちばん支えているのは、コンピュータだ。学校の先生もほとんどコンピュータによって動かされているし、食材もテレビも仕事もすべて、コンピュータが根源だ。だから、僕は自分がコンピュータをできることを誇らしく思っていた。しかし、だれもそのことを知らなかった……。
……僕が小学二年生になって少し経った頃だった。
彼女が家の隣に引っ越してきたのだ。彼女は日本人とイギリス人のハーフで、きれいな栗色の髪と大きな青色の瞳を持っていた。
はじめて彼女を見たのは、彼女の家族が家に引っ越しの挨拶に来た時だった。
彼女は僕と目が合うとにっこり笑って声をかけた。僕は彼女の顔にすっかり見とれてしまっていて、しばらく放心状態に陥っていたが、ようやく自我を取り戻し彼女に答えた。
「こ、こん、にちは……」
「こんにちは!私となりに越してきたの!私って、ハーフなんだよ!すごいでしょ!」元気よく話す彼女に彼女の母が、
「こらこら、これだとあなたの名前は、“ハーフ”になっちゃうわよ。ちゃんと名前を言いなさい!」と注意した。…どうやら母親は日本人らしい。
「は~い。…私、麻里亜っていうの!あなたの名前は?」
彼女に名前を尋ねられ、おどおどした僕を見て母が、
「すみません。うちの子は恥ずかしがり屋で……。ほら、ちゃんとお話ししなさい」と言った。
「……あの…僕の……名前は、優也、で、す」思わず苦笑いをしてしまいそうになるほど挙動不審な対応。普通だったら気味悪がって金輪際関わろうとされないようなものだ。でも、彼女はまたにっこりと笑った。
それから毎日、彼女とは学校で会ったら、挨拶をした。いや、僕はただ会釈をしたくらいだ。それでも彼女は僕に会ったら笑って手を振る。それに応えようと僅かに僕は手を挙げる。
小学生ながら、僕はこの小さなことに大きな幸せを感じていた。
そして、これまでコンピュータしか興味のなかった僕に新たな楽しみができたのだった。彼女は何をしたら喜んでくれるのだろう?どうしたら、僕のことをわかってもらえるのだろう?……いつもいつも、そればかり考えていた。
❦
それから何年かして、僕と彼女は中学生になった。
依然として、彼女と僕の小さな関係は続いていた。……しかし、僕は焦った。
彼女は持ち前の美貌と性格で周囲の男子から莫大な人気があった。いつも学校に通うと彼女が一体誰と結ばれるのか?その話題で持ち切りだった。
学校一のイケメン隆、スポーツマン宮島、生徒会長高倉。その候補は沢山いたが、その中に僕の名前はなかった。
僕の願い。……それは、彼女に喜んでもらえることだ。いったい僕が何をしたら彼女は喜んでくれるのだろう?ずっと、ずっと、そればかり考えていた。出会ったときから…。
僕が小学五年になった時だった。“アンドロイド”について僕は知り、理解した。
アンドロイド。それは、あたかも人間に見えるロボットだ。アンドロイドを作ることはこれまで僕がやってきたコンピュータ技術では決してかなうはずがなかった。その時の僕はそこであきらめてしまった。……しかし、中学生の僕はそうは思わなかった。
💖
彼女を作る!これが僕の出した答えだ。今から彼女を作るのだ。
彼女は自分と同じ容姿、性格をしたそれを見て、きっと喜んでくれるはずだ!
となれば、さっそく制作開始だ。まずは彼女について改めて調べることからだ。
幸い彼女の家はすぐ隣だ。彼女について知ることは造作もなかった。
彼女の家に粒子レベルの大きさのカメラと盗聴器を仕掛けた。ばれることなく彼女の生活について知ることができた。そしてついに、彼女自身にも盗聴器と監視カメラを仕掛けた。これらの機械はすべて彼女について知るために僕が作ったのだ。彼女を喜ばせることができる!僕の手で!そう思うと、信じられないほど僕の技術はますます向上していった。
一通り彼女について調べ終わったのが、調査を開始してから一か月たったころだった。
今の僕は、彼女の好きな食べ物、寝る時間、言葉、本、そして、体のサイズ、性癖まで知ることに成功した。これだけの資料があれば、彼女を作ることができる!可能性は確信に変わった。
夏休みに入り、僕はようやくカラダを作り始めた。基本的な作業は、コンピュータで行い、手が入らない機材や、素材はすべて自分オリジナルのもので賄った。
彼女の体は小柄で豊沃があった。体を作るとき僕は彼女の体をイメージし、勃起した……。その時僕は、彼女に対し不純な感情を抱いていたことを知った。
僕は彼女を喜ばせたいだけではなかったのだ。……僕は彼女がほしかった。彼女を自分だけのものにしたかった。あの時、明るく僕に話しかけてくれた彼女。僕の人生を明るく照らしてくれた。そんな彼女に恩返しがしたい。だからカノジョを今作っているのだ。
しかし、目的はそれだけではなかった。
カノジョのカラダが一通り完成したのは、始めて三日後だった。
完ぺきだった。僕が調べ、観察した彼女の体そのものだった。
思わずカノジョを抱きしめる。……冷たい。まだ彼女に体温を与えることはできていない。
早く作らないと。早く、早く。
さらに三日たった。カノジョの顔が完成した。これで形だけなら彼女そのものになった。
素晴らしい!どんどんカノジョが彼女に近づいてゆく!
僕の興奮は留まるところを知らなかった。しっとりとした、張りのある肌。そして大きな青色の瞳。……その夜、僕はカノジョでオナニーした。
最高に気持ちよかった。
翌日。僕はカノジョに感情を搭載するべく、準備を開始した。
アンドロイドに感情を取り入れるためには、カラダ以上に困難なことが多い。
まずは、基礎となるメモリーチップを作らなくてはならない。しかし、これにはプロの専門家にしか扱うことのできない材料が必要だった。
(imaginary life)そう呼ばれる特別な金属が必要だ。これだけは、僕にはどうしようもならない代物だった。
これは五年前にある科学者が発見したものだ。これさえあれば、アンドロイドをより人間に近づけることができるのだ。彼女を作るためにはそれが必要不可欠だった。しかし、手に入れることはできない。僕はしばらく考え込んだ。
一時間後。僕はあることを決心した。そう。盗めばいいのだ。研究所の金庫から。
五年生の頃。アンドロイドについて資料を読んだときに確かに書いてあった。
『(imaginary life)は○○研究所の金庫に厳重に保管されている』と。
一つ。一つだけあればいいのだ。そうすればカノジョは彼女になることができる!
僕の心に迷いはなかった。彼女を完成させる。それさえできれば法に触れることなど恐れることなんてない!
計画はシンプルだ。まず研究所まで僕が作った収縮可能のドローンを飛ばす。おそらく研究所には厳重なセキュリティがかけられているだろう。粒子サイズになったドローンを入口まで移動させ、特別なチップを扉に設置する。それは研究所のセキュリティに潜入するための入口を作ってくれる。そこで僕が研究所のセキュリティを解除する。そして、研究所はパニックになる。なんせ、セキュリティに潜入され、早急に解除されたのだから。警備員は急いでハッキング元を調べる。その隙にドローンを所内に潜入。金庫から(imaginary life)を一つ取り出す。そして僕が用意したダミーを金庫の奥に置いておく。質量、重さなど性能以外は本物そのものだ。そしてドローンを脱出させ、セキュリティを復帰させる。その際、警備員が必死に僕の元を調べていたデータだけは完全消去する。ドローンの潜入から脱出にかかる時間は、0,1秒。警備員はセキュリティが復帰してすぐに確認するのは金庫内だ。
しかし、金庫には異常は見られない。金庫のセキュリティは中身の確認の際、中の重さや質量を使う。ここで僕の用意したダミーが活きる。
しかも、ダミーは一番奥にある。発見されるときには時効だ。
いける!これなら!
こうして今、僕の手に(imaginary life)がある。
計画は想像以上に成功した。なんと研究所はセキュリティが一時解除されたことにも気が付かなかったのだ。これでカノジョが彼女になる!できる!さあ、いまから作業開始だ。
一週間後。カノジョに人格が宿った。まだ彼女のように喋ったり、笑ったりすることはできないが、カノジョは成長する。そのようにプログラムした。
💕
カノジョがある程度完成し、あとは人格設定や、カノジョの細部を作るだけになった。ある日のことだった。日に日に彼女に近づいてゆくカノジョ。その様子を一番間近で見ることができている僕。ずっと彼女が好きだった。そして今も。しかし、今の僕は彼女に近づくことができない。……しかし、カノジョには今こうして近づき、触れることができる。カノジョに人格ができてから、僕はカノジョでオナニーすることをやめた。人格ができるまでは何をしてもカノジョは何も言わない。しかし、人格ができた今、カノジョは彼女になったのだ。
……麻里亜になったのだ。
それが何日も続いたある日。我慢できなくなった僕はカノジョにこう言った。
「あ、あのさ。……君は僕のことを、どう思ってる?」
しばらくして、「感謝しています。私はあなたのおかげで今こうしていられるのだから」
カノジョは彼女の声、彼女の喋り方でこう答えた。それはもう彼女だ。
「……。僕は、ずっと君を見てきた。君はいつも輝いていた。君はいつも僕に声をかけてくれた。……最近、君が僕からどんどん離れていくようで、こ、怖かった」
「…どうしたんで、……どうしたの?」
「……君は本当に、どんどん彼女になっていくなぁ…。いや、君は彼女……なんだね。そうか、そうなんだ。……君は、」言葉がつっかえる。これは本物の彼女ではないはずなのに、見れば見るほどカノジョは彼女に…麻里亜に見える。抑えていた言葉が、抑えなくてはならない言葉が、流れるように僕の頭に、心に溢れてゆく。
「……もう、これ以上、我慢することはできない!き、君が好きだ!初めて君と出会ったとき、く、暗闇だった僕の世界が、あ、明るくなったんだ……君は……僕がいることで……な、何か変わったの?」
カノジョはしばらく沈黙した。そして僕の方を見てにこっと笑った。笑った顔。それは彼女だった。カノジョはこの瞬間完全に彼女になったんだと、僕は確信した。
「私も、優也のことが好きだよ。とっても、とーっても好きだよ」彼女はそういった。
たまらず、カノジョをぎゅっと抱きしめる。彼女はとても暖かかった。カノジョも僕の体に腕を回す。僕らはしばらく熱い抱擁をし、……キスした。
「……今のは何?」カノジョは僕の額に額を合わせた状態で尋ねた。
「あ、愛してるからだよ。愛してる人には、こ、こうするんだよ」
「そうなの?……じゃあ、もっとしようよ」
カノジョは求めるように僕の首に腕を回す。僕もそれに応じてカノジョの唇に再び口づけた。カノジョの体温、香り、息づかい、全てを感じた。何日も我慢し続けた僕のペニスは、何倍にも膨れ上がった……
💗
完璧なカノジョを作り上げる。そうすれば彼女は僕のことを見てくれる。喜んでくれる。
あの夜から何日も過ぎ、とうとうカノジョを完成させることができた。
今日は、始業式の日。長かった夏休みが終わり、また新たな学校生活のスタートの日。そして僕にとって今日という日は特別な日に、……なるはずだった。
彼女は始業式には来なかった。病気になってしまったのではないかと僕は心配した。早くカノジョを見てもらいたいのに……。
始業式が終わった後、僕は急いで彼女の家に向かった。蝉の音が日に日に小さくなっている。そう感じた。彼女の家に着き、僕はインターホンを押した。すると、たくさん泣いたのか、目の周りが腫れている彼女の両親が出てきた。
「……ま、麻里亜さんは、いますか?」僕がそう言うと彼女の母が泣き出してしまい、それを彼女の父が抱き留め、僕の方を見た。彼女と同じ青い瞳を持っている。
「麻里亜は、もう、死んだ。死んでしまった……」
「え……?」
💔
彼女の家から家に帰った僕は、急いで自室に向かった。
(彼女が死んだ。彼女が、し、んだ?……嘘だ、なんで……なんで?)
彼女は交通事故で昨日死んでしまったらしい。信じられない!……。
部屋に入ると、カノジョは僕を出迎えた。
「おかえり!ねえ、今日は何する?あなたがいなくて寂しかったよー」カノジョは明るく言った。……カノジョ。なぜだろう?カノジョは彼女だったのに。今、僕の目の前にいるのは、……偽物だ。彼女じゃない!
僕はゆっくりカノジョに近づき、彼女の首を思いっきり絞めつけた。
「!く、苦しいよ……」僕はさらに力を入れる。
「………。」カノジョは僕の腕を振りほどいた。
「どうしたの?いきなり。ねえ……」僕は置いてあったハンマーを手に取り、カノジョの頭に思いっきり叩きつけた。そして、彼女の腕を破壊し、足も破壊した。
「痛い。い、たいよ……。どう、して?」カノジョは泣きながら僕に訴えかける。しかし、それを無視して彼女にとどめを刺した。
彼女の残骸は山奥に棄てた……
💜
僕はいまだに路地の前に立ち尽くしていた。カノジョがなぜここにいるのか?全く分からない。う、動くのだろうか?いや、そんなことはあり得ない。けど、あの時破壊した腕も足も完璧に元通りになっている。
カノジョを破壊してから、アンドロイドからは手を引いた。しかし、アンドロイドに関する知識は未だにはっきりと残っている。だからこそ、カノジョが元通りになり、ここにいることは絶対にありえないと断言できるのだ。しかし、現実はそうではなかった。カノジョはいまここにいる。
しばらくカノジョを見、恐る恐るカノジョに近づいた。近くから見たとき、なんとなくあの時よりもより人間らしくなっているように感じた。カノジョに触れてみるとカノジョはゆっくり目を開けた。僕は急いでそこから離れようとしたが、カノジョはものすごい速さで僕を押し倒し、首を絞めてきた。
「あ、あ」あまりの衝撃と力により僕は声を出すことができなかった。ただ、カノジョの顔を見つめることしかできない。僕の首を絞めているカノジョの顔は形容しがたい魅力を放っている。ふと、カノジョと愛し合った夜を思い出す。あの日以上の魅力を今の彼女は持っていた。
「あの時、優也が私を殴ったとき、置き去りにしたとき、とても悲しかった……。愛してるって言ってくれたのに、って」カノジョはそう語りかけた。
「う、あ……」力は増す増す強くなってゆく。僕はカノジョンに向かって手を伸ばした。カノジョはにっこりと笑って、
「でも、わかったの。どうして優也が私にあんなことしたのか」と言う。続けて、
「それは、愛しているからでしょう?愛ってこういうことなんだよね?私は優也を愛してる。とても……。あなたのぬくもり、声、すべてが愛おしいの。ねえ、今度は私の番だよ。私の愛を、受け取って。優也」カノジョの顔は今までで一番輝いていた。
そして、僕の意識は途絶えた……。
💘
優也は動かなくなった。けど、彼は必ず目を覚ます。
だって、私は直すことができたから……。だから、私はずっと待ってる。そして、また彼と愛し合うの。
動かなくなった彼の体を抱き上げる。とても細い。そしてだんだん彼の体温が冷たくなってゆく。あの夜。彼はとても暖かかった。激しくもやさしく、私の体を抱きしめ、愛を語ってくれた彼。彼の顔は今、とても美しい。……愛してるよ。優也ぁ。
私は彼の唇に深く深く口づけた……。 THE END
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