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灯ともしごろ
宵闇が迫るころ、灯り始めたネオンに頬を染めた老若男女がそぞろ歩く街角。
ある者は下心もりもりで一夜の恋路を探し、ある者は疲労を癒す止まり木を求め、またある者は愚痴のぶちまけ場所を探してさまよう。
そんな彼らの要望の一部ぐらいは満たせるところが、東京の繁華街を少しだけ外れた場所にある。知る人ぞ知る、『バードランド』という名のジャズバーである。
調子に乗れば諭吉が鳥に化ける有名店に比べ良心的である。なぜなら、海外から有名なミュージシャンが来るとか、日本ジャズ界の大御所がパフォーマンスをするような店ではないからだ。
どこかで時を止めてしまったような門構えの店の名が、ニューヨークはマンハッタンにあるジャズクラブのパクリであろうことは間違いない。
しかし、こんな言葉を口にするジャズシンガーがいる。
「ここのステージを一番愛している」
あらゆるジャズクラブから声がかかる女性ヴォーカリスト。年若いながらも、天性の才能に恵まれた彼女が言い切る言葉が、この店をよく表しているのかもしれない。
本家『バードランド』の名は 「モダン・ジャズ(ビ・バップ)の父」である巨匠・Charlie Parker のニックネーム、 “Bird ” に由来するようだが、ジャズ・スタンダードの名曲『バードランドの子守歌』から連想する客の方が多いに違いない。
クリス・コナー『バードランドの子守歌』
ステージは階段一段分ほどの高さに設えられ、ゆったりとしたボックス席がステージを囲むように40席ほどある。
ピアノ、ベース、ドラムのトリオ編成と日替わりの女性ヴォーカルによるジャズが夜毎演奏されている。ゲストにギターが加わったり、サックスやトランペットが加わったりする夜もある。
ボックス席の手前にあるカウンターフロアは、ステージから遠い分一段上く造られ、落ち着ける背の低いアームチェアが10脚並べられている。
もっとコンパクトに作れば倍の客数は入るであろうが、それを頑なに拒否したこの店のキャパシティはざっと50ということになる。
バーテンダーは常時3人。カウンター客の相手ばかりではなく、全席のドリンクオーダーもすべてカウンタースタッフが引き受ける。
ウォールナットで作られたどっしりとしたカウンターの中に陣取り、マイクロファイバークロス「トレシー」で馬鹿丁寧にグラスを磨きながら、今宵も静かに老バーテンダーは客を待つ。
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