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過 去
鎮火を確認して、俺達の基地に戻ったのは、翌朝だった。
会議室で待っていた博士に報告して、俺達は各々自室に戻った。
シャワーを浴びた後、下着だけ履いて、バスタオルで髪を拭きながらベッドに向かう。途中、姿見の前で足が止まった。
身体中に細かな傷痕が数多ある。昨夜付いた生傷も数ヶ所あるが、何といっても目を引くのは、大胸筋の間から腹筋まで縦に走っている、古い傷痕だ。
普段は敢えて見ないようにしてきた派手な縫い目を、指先でなぞる。
これは、刻印だ。
俺が普通の人間ではなく、かつて黒鬼会に改造されたという証――。
『ここ……は?』
『おっ、目覚めたな』
白衣の男――博士が、覗き込んできた。俺の腕には点滴の管が刺さり、胸や額からは、電極のコードが何本も伸び、頭上の計器に繋がっていた。
『晃。君の名前だ、分かるか?』
低く優しげな声に反して、計器の画面を見詰める博士の眼差しは厳しい。
『分からない……』
頭の中に霧が立ち込めている。俺は自分が何者なのか、この状況が何なのか――手掛かりを何1つ持たなかった。
『君達は、孤児だった。黒鬼会は、奴らの戦闘員にするために養子にして、改造手術を施したんだ』
博士の説明によると、俺達は心肺機能強化と筋力増強、生殖機能除去の手術を既に受けており、最終段階の自我消去手術を受ける直前だったそうだ。
ロボトミーでは脳の前頭葉の一部を切除する。もう少しで、自分の意思を持たない、完璧な人間兵器にされるところだったらしい。
『どうして俺……達を、助けて?』
灰色がかった双眸が、静かに見下ろした。博士は、苦し気に答えた。
『贖罪だ』
「……フゥ」
汗をかいたビンを手に、ベッドに腰掛ける。炭酸水を半分飲んで、息を吐いた。
博士の仲間達は、黒鬼会の研究所から、俺を含めた6人を救出していたが、逃走途中に1人亡くなったそうだ。
残った俺達は、更なる改造手術を受けた。通常の戦闘員を遥かに凌ぐ身体能力を得ると、黒鬼会を倒すために戦ってきた。
俺達は、「ジェスター《Jester》」と名付けられた。Jesterとは、愚者、または道化師のことだ。『権力や規範に捕らわれない存在だから、ピッタリだろう』――博士が、皮肉な笑みを浮かべて言った。
救出後に与えられた戸籍や名前を隠すため、俺達は着用する特殊スーツの色で互いを呼び合った。
――ジェスター・レッド
俺がその名で呼ばれることは、明日からはない。
世にはびこる悪を――罪無き人々を苦しめてきた黒鬼会を壊滅させたのに、喜びよりも虚しさが強い。安堵よりも不安が大きいのは、何故なのか。
炭酸水を飲み干すと、ベッドに倒れ込む。枕の下に頭を埋めて、シーツに包まった。
馬鹿な――これじゃ、まるで戦いが続いて欲しかったみたいじゃないか。
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