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別 離
午後になって、全員が食堂に集められた。この組織には、仲間達と博士の他にも、食事担当と、経理や事務担当のスタッフ、計6名が所属している。
シェフが、今宵限りと目一杯腕を振るった料理の数々を堪能しながら、組織の解散式をした。基地を出れば、二度と会わないであろう、かけがえのない大切な人達。感謝と笑顔。誰もが、涙を見せないように努めていた。
「一足先に失礼する。晃、20時に来てくれ」
博士は、俺に耳打ちすると食堂を出て行った。その白衣の背中を皆が無言で見送った。
解散式自体は、18時にはお開きとなった。後片付けを手伝っていると、イエローが近づいてきた。
「博士に呼ばれている。行くよ」
人懐こい丸顔が、不意に歪んだ。普段明るいムードメーカーだったコイツは、優しく涙もろい。俺は、手にしていた大皿を置くと、彼の背を抱いた。
「ああ。元気で――」
「今までありがとう、リーダー」
声が震えていた。
「馬鹿。泣くなよ」
背をポンポンと叩く。彼の背筋がグッと張る。いつしか、他の3人も近くに来ていた。イエローは、ブルー、グリーンとハグして、最後にピンクと握手すると、真っ赤な瞳で出て行った。
30分後、グリーンが別れを告げに来た。
「なぁ、レッド。お前、満足しているのか」
日頃からシニカルな物言いのグリーンは、口の端を歪めて訊いてきた。
「満足も何も……終わったことだろう」
胸の内に燻る不安を見透かされた気がした。俺は、この男の方が、俺より数段メンタルが強いことを知っている。
「ま、お前はそう言うよな」
ニヤッと皮肉に微笑んで、奴は握手を交わすと背を向ける。残りの2人と一言二言、言葉を交わして退室した。
洗い物を終えたシェフとスタッフ達も、「ごゆっくり」と言い残して消えた。俺達の今生の別れに、気を利かせたつもりなのだろう。
更に30分経って、19時になると、ピンクが俺とブルーに別れを告げた。
「あたし、恋をして、家庭を持つの。幸せになるから!」
ツインテールを揺らし、明るく笑って食堂を出た。気が強いながらも、然り気ない気配りをしてくれた、ピンク。色恋御法度のチームの中にあっても、紅一点に癒されてきたことは間違いない。彼女を理解する男に出会って、夢を叶えて欲しいと心から願った。
「レッド」
30分後に出て行く筈のブルーは、一緒にピンクを見送ったまま、すぐに言葉を継いだ。沈黙が重くなるのを避けるように。
「あんたの参謀でいられて――良かった」
強い意思を持った眼差しが、真っ直ぐに俺を射貫いた。胸の奥が熱くなる。俺は、サブリーダーとしての彼に、随分頼ってきたと思う。グリーンに言わせると「甘い」決断力。背中を押してくれたのは、いつもブルーだった。
『あんたは堂々としていれば、いい』
そう言って、批判の矢面や、正義のヒーローには似つかわしくないダークな仕事まで、率先して内密に片付けてくれた。
「君がいたから……今までやって来られた。ありがとう、ブルー」
「ブルー、か」
眉頭が苦しげに寄る。口元に自嘲が滲んだ。
「女々しいのは性に合わねぇ。じゃあな、晃」
握った手を強く引いて、噛みつくように唇を合わせると――彼の姿は扉の向こうに消えた。自室から、博士のところに行くのだろう。
人気の消えた食堂で、大きく息を吐いた。ブルリと身体が震え、掌で両腕を抱える。秘めた情熱の残り火に、唇が焼かれた。熱くて、痛い――。
ブルーの気持ちは知っていた。
アイツも、俺が応えられないことは分かっていた。友情という名の堅固な壁を作って、素知らぬ振りを続けてきたのに。
「賢……」
最後に崩すなんて、卑怯だ。
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