銀世界の遊び場

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銀世界の遊び場

 いつもは色とりどりなマットが床に敷かれ、囲いも床と同様だった遊び場は、その面影はどこにもなく、真っ白な布で覆われている。  畳んだ布を持ち、唖然としている俺の隣に並んだ葛目さんから声がかかった。 「どうだ?白い布で銀世界を作ってみたんだ」 「すげぇ…」  その一言しか出てこない。  生まれも育ちも沖縄の俺には銀世界の意味もあんまりわからないけど、これを一人で作ってその銀世界に寄せていく事が凄くて、見開いた目を閉じる事さえ忘れてしまう。 「銀世界ってのがわからないっすけどなんかすげーっす…俺も手伝いたかったな」 「アホ、手伝ったら意味ねーだろうが…」  お前の為に…と聞こえた台詞は小さくて、これではしゃいでしまうと、また怒られそうなのでここは聞かなかったことにしようとしたら、シカトしてんじゃねぇ!と頭を殴られた。  んー…葛目さんって難しい人だ…  始めるぞと葛目さんがストックから持ってきたのは今日俺が買ってきた買い物袋。  その袋を開け、1つずつ遊び場に広げていくと葛目さんが遊び場の中に入り、奥にある小さな囲いに、手のひらサイズくらいある雪だるまのぬいぐるみを3つ置きながら、イブとクリスマスに行うイベントの話を始めた。 「このぬいぐるみをちびっ子に見つけて貰って後ろに書いてある数字が割引率になるんだけどな?それをレジに持ってくればその場で割引できるイベントを考えたんだ」 「それならちび達は探すのを楽しめるし親は安くなってラッキー面白そうっすね!」 「割引率は低いけど…まぁ、楽しんでくれたらいいなーってな…店からのクリスマスプレゼントだな」  今から楽しみだと笑った横顔に、俺まで笑顔になっていく。  普段は店長という立場上、厳しい所を見せてる葛目さんだけど、子供が好きでお客目線で色々考えてる所があって、その姿を想像しただけでに口元が緩みそうになり、それが顔に出ていたのか、目を座らせた葛目さんに頬をおもいっきり抓られた。 「あ、がーーーーー!!!」 「うるせぇ!アホ面晒しとらんでそこの発泡スチロール袋もってこい!!!」  なんだよ自分もお国言葉でてるじゃねーかよ。  抓られた頬を擦りながら、言われた通り、袋を開けて持ってくると、遊び場の囲いの中で色々と作業をしている葛目さんの後ろに立つ。  ほんの少しだけ、そう、あれだ、よく言う『ほんの出来心』ってやつ。  駄目だとわかっているのに、怒らせてしまうってわかっているのに、俺の手は持っている袋を葛目さんの頭上で逆さまにしていた。  手の平より少し小さいボールが、ぽとぽとと音をたて、広場を白に染めていき、しんと静まり返る店内がやけに不気味さを増す。  こんな事をしてこの後どうなるかわかっていたけど、予想を遥かに超える形相と声が、しんっと静まった館内に響き渡る。 「与那原ーーーーー!!!」 「わっさいびーん!出来心ってやつで!」 「うるせー!!!」  叫んだ葛目さんからのキックの攻撃はいつも以上で、もうこれは完璧に怒らせてしまった。  許して貰おうと少し甘えた声で名前を呼ぶも、応えてはくれず、俺を無視して無言で作業を進めていく葛目さん。    だからといって、これで落ち込むわんではない!年下舐めるやーよ!   そう思うが早いか、俺の腕は葛目さんを包むよう後ろから抱きしめ、すっぽり収まった葛目さんに甘い声で名前を呼んでみるが、葛目さんからは落ち着きのたる冷たい言葉で返される。 「付き合えないなら帰っていいぞ」 「帰る家は同じ家なんですから付き合います」 「さっきっから邪魔しよるやつがようゆーな」  ごめんなさいと少し強く抱きしめれば、離せと腕を叩かれる。  嫌だと言えば、わざとらしく溜息を吐く。  それでもなすがままでいてくれてるのは本当に嫌ではないってことなので、ここは、時間の許す限り甘えることにした。  
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