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冷たい風が、頬を撫でる。 降りしきる雨の音が昔の記憶を思い出させる。 決して気分の良いものじゃない。 傘なんて本当はいらない。雨でずぶ濡れになるくらいが、丁度いい。きっとそうだ。 許されないことくらい、本当はわかってる。 走る彼女が見えた。駆け寄る姿に重なる。 水溜まりを踏む彼女に僅かに跳ねた雨。 「ごめん、待った……?」 少し、息を切らせて(うかが)うようにこちらを見る彼女。首を傾げる姿にストレートの栗色の髪が揺れた。 思わずその髪に触れる。撫でる仕草をすれば彼女は僅かに安心したように目を細める。 違う。 触れた指先を離した。 まだ見つめる彼女に、俺は笑顔を返す。 「全然」 彼女の手を握って引き寄せた。 彼女の傘が落ちていく。けれど彼女は雨に濡れることなく俺の傘の下にいた。 少し屈めば近づいたその距離に、彼女の頬は赤く染まる。 その姿に愛らしいなんて思うのは、やっぱり君だけで。 「好きだよ」 甘く囁く言葉なんてものは嘘ばかりだ。 こうして今も、許されない嘘ばかり吐く。 彼女に触れた唇の温度は、いつだって釣り合わない。それなのに、彼女は照れたように笑うから。 君の面影を重ねてしまう。 そんなのはきっと、こんな憂鬱な雨のせいだ。 君の面影を残したまま。 俺は彼女の手を引いていく。 雨の匂いが、鼻につく。 それに、気付かないフリをした。
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