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──── 僕は、夢でも見ているのか?
エドワードの両足は床に縫いつけられたかのようにピクリとも動けなくなっていた。そう、あり得ないのだ。こんなにも恋焦がれ、会いたい、触れたいと願い続けた相手が今目の前にいるなんて。
それでも突然庭に現れた女性はゆっくりと窓辺に近づいてきた。大きなトランクを引きずって、首にはいつもの赤いマフラーを巻きつけて、口元からは白い息がいくつもこぼれ落ちている。
「……あ」
「エドワード様!! 私は温かいタオルと飲み物を用意してきますからっ……早く!!」
シェリルの涙声で我に返ったエドワードは慌てて窓の鍵を開け放った。かじかんでもいないのに、指がガクガクと震える。
こみ上げるのは待ち続けた歓喜だ。けれど手は緊張で震え続け、僅かに芽生えた怯えに足がすくむ。
──── もし、拒絶されたら……
しかし次の瞬間、エドワードの中のちっぽけな恐れや怯えは全て消え去ってしまった。
「エド、ワード……っ」
息を飲むほど綺麗な涙が、雪の絨毯に落ちていく。まるで体の奥底から絞り出すような切望のこもった声に、エドワードは気がつけば窓から飛び出していた。
考えるよりも先に手が伸びる。体が今すぐ抱きしめたいと叫んでいる。
伸ばした手が氷のように冷たいその手に触れた瞬間、エドワードは自らの両腕で焦がれるがまま抱きしめた。
「エマ……っ」
「ふっ……うぅ……っ」
息も絶え絶えになる中、エマはぐっと涙を堪えようとした。しかし、懐かしいエドワードの香り、強くて温かな腕、そして変わらず愛しさを持って自分の名前を呼んでくれるエドワードの声が、エマの全てを溶かしてしまう。
もうこれ以上耐えることなんてできやしない。エマは10年間分の涙をボロボロと流し続けた。
「バカ……バカバカバカバカ!! どうして教えてくれなかったの? どうしてすぐ迎えにきてくれなかったのよ!! この嘘吐き!!」
「ごめん……だって僕はまだ……自分の身すらも、立てれていないんだ。君を守れる自信がなっ」
「守られるだけは嫌だって、私伝えたはずよ!!」
エマはエドワードの真っ白な頬を両手で掴んだ。前と変わらない、宝石のような美しいアイスブルーが戸惑うように見開かれている。
その頬は少しだけ痩せこけていて、エマの胸はツキリと痛んだ。
「一緒に……一緒に隣を歩かせて。私にもあなたを……守らせてよ……っ」
「エマ……」
「私ずっとアネモネに憧れていたわ。でも私は1人家の中で王子を想って涙を流し続けるような、そんな惨めな女になりたくない! 絶対に諦めたくない。身分差があろうが、赤毛だと罵られようが、いつか王子を探して、その隣を胸を張って歩けるくらい強くなるの……だってこの世で一番大切なのは、心、なんでしょう? ねぇ、エドワード」
エドワードは自分の頬を包んでいるエマの手のひらに、自らの手を重ねた。じっと自分を見つめてくるダークブラウンは変わらず強くて聡明で、胸が熱くなるほど真っ直ぐだ。
エドワードは頬を伝い落ちていく熱い涙を拭うこともしないまま、エマの額に自らの額を押し当てた。
「教えてエドワード……あなたの本当の心を、教えて」
「あぁ……僕は君が今も変わらず好きだ。好きだなんて言葉じゃ言い表せない……愛してる。心から愛してる。もう我慢は嫌だ。君を絶対に……離したくない」
どうか信じて欲しい。
エドワードは静かに目を閉じて、そう祈った。
──── これが僕の、嘘偽りのない真心だ
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