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──── ああ、もうそんな時間か
飴色に輝く木ばりの床を革靴が闊歩する音が響く。その音は図書館という場所であるため控えめではあるが、利用者が一瞬で「彼女が現れた」と分かるほど規則正しく潔癖であった。
イギリスのパブリックスクール「バートン校」
イギリスでもトップレベルのエリートが通う私立学校だ。英国伝統のリーダーシップと紳士淑女精神を身につけるための教育が徹底されており、名門大学への進学率も高く、バートン校出身だと言うだけでそれは輝かしいステータスとなる。
そのバートン校で最も有名なのがこの図書館だ。
イギリスで最も美しい図書館と称されるこのライブラリは、今日も聖堂のような厳かな空気が漂っている。中心に伸びる深紅のカーペットにはステンドグラスからこぼれ落ちた淡い光が輝いていた。
天井、壁、ランプ、備え付けられた机や椅子に至るまで細やかな装飾が施され、天井まで高くそびえ立つ木製の書架が整然と並び立つ。
規模はそれほど大きくないものの、満遍なく揃えられた蔵書は歴史的な古書から最新の専門誌に至るまで多岐に渡り、生徒達の勉学に大いに役立っていた。
その図書館の中心を、小脇にいくつもの分厚い本を抱え一心不乱に歩く1人の少女。聡明で思慮深いダークブラウンの瞳は好奇心に輝き、バートン校では目立ち過ぎる赤毛がふわりと背中で揺れている。
そして、彼女の放つ規則正しすぎる足音で「彼女が現れた」と判断した生徒たちは、そろそろ今日も終わりにしようと各々帰り支度を始めていた。
「あらマシュー、もう帰りなの?」
「や、やぁエマ。そ、そう、今日はもうやめようかなと思って。僕お腹減っちゃったんだ」
機嫌よく話しかけられた少女にたどたどしく返答したのは短い天然パーマがトレードマークのマシュー。
いかにも気の弱そうな印象の彼は、ヘラヘラと無格好な笑みを浮かべる。この後起こりうるであろう事象を考えたら、自らの寮に戻り勉強を続けた方が圧倒的にマシなのだ。
しかしそんな生徒達の事情などつゆも知らない彼女にこんなこと言えるはずもない。
彼女はその強い正義感から、臆病で人にからかわれやすいマシューを庇い、いじめっ子を何度も撃退した過去があった。
マシューは静かに身支度を整え、「またねエマ!」となるべくにこやかに片手を上げた。
────どうか今日は、穏やかに済みますように
そんなことを、願いながら。
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