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「いいわ。おぼっちゃまのお気まぐれにお付き合いしてあげる」
「可愛くない女だな」
「それで結構よ。って言っても、本当にあなたが喜ぶようなネタしかあげられなさそうだわ」
エマは自嘲気味に微笑むとそっと息を吐く。そして、もうほとんど紫と藍に包まれた夕暮れの空を眺めた。
エドワードは一瞬何事かと胸をざわつかせたものの、お得意のポーカーフェイスを決め込み同じように窓の外を見つめた。
「今年は家には帰らないことにしたの」
「ほう?」
「両親がクリスマスクルーズを当てたらしくてね。もちろん私も誘われたけど、もうテストまで半年しかないじゃない? だから私は寮に残って、夫婦水入らずで楽しんでもらおうと思ったの」
「へぇ」
「学費はありがたいことに免除していただいてるけれど、制服や教科書、日用品、その他諸々全て両親がお金を工面してくれたわ。今年度で学校も最後だし、2人にはゆっくりしてほしいのよ」
両親の嬉しそうな笑顔を思い出したエマは、エドワードの前であることも忘れ、目を細めて微笑んだ。
エマの両親は決して富裕層ではない。街でパン屋を営んでいる2人は朝の4時から1つ1つ丁寧にパンを焼き、1つ2ポンドにも満たないパンを街の住人とエマの学業のために延々と焼き続けている。
一体自分がこの年に至るまで、この学校で勉学に励むために幾つのパンが積み重なったのだろう。
エマはそれを考えるたびに胸の奥底がきゅうと締めつけられる。
エマの優秀さにいち早く気づいた両親は、バートン校の特待生になることを誰よりも勧め喜んでくれた。
だからそんな両親にできる恩返しとは死に物狂いで勉強を続け、首席を取り続けること。そして立派な医者になって、両親にあたたかで平和な老後を与えてあげることだった。
「ま、こんな話をしたところでエドワードおぼっちゃまにはかけらも理解できないだろうけど。あくせく汗水流して働いてお金を工面してるだなんて、あなたにとったらとても馬鹿らしいわよね」
「……僕はそんなこと、思ってない」
「え?」
エマは全身をびくりと跳ねさせ、借りてきた猫のように大人しく話を聞いていたエドワードを見返した。
いつもなら小馬鹿にしたように細められている目は今日はしっかりとエマを見据えているし、殴りたくなるような浮ついた口元はきゅっと締められている。
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