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「何も言っていないのに、決めつけてものを言うのはやめてくれないか」
「え、あ、えぇ……そうね、確かに。ごめんなさい」
「……別に」
調子が完全に狂ってしまったエマは生まれて初めてエドワードに謝罪をしてしまった。
窓から見えていた夕陽は連なる山々の間へと帰っていき、空は徐々に夜の装いへと姿を変えていく。
アンティークのランプから漏れる温かいオレンジだけが2人をぼんやりと映し出していた。
今すぐ話題を変えて、このふんわりとしたいたたまれなくなる空気をどうにかしたい。そう思ったエマは慌てて口を開いた。
「あ、あ……でも私、勉強は勿論だけど、アルバイトでもしてみようかと思っていて!」
「アルバイト?」
「そう。裕福なあなた達には縁もゆかりもないだろうけど、南校舎のずっと奥の掲示板に貼ってあるのよ。家庭教師の募集とか。あれがずっと気になっててね。両親が帰ってきた時にクリスマスプレゼントくらい用意したいじゃない。それに今ちょっと、欲しい本もあって」
「また本か。今度はなんだ、人体解剖辞典集でも全巻揃えようとしてるのか?」
「おあいにく様。それは既に持ってるわ」
エドワードは呆れたようにため息を吐いた。その姿を横目で見ながらエマはこの続きを語るべきかどうか一瞬思案する。
いつものエドワードならばきっと大口を開け、紳士らしからぬ態度で大笑いするに違いない。自分の密かな夢を笑われるのはいくらエマでも堪らなかった。
しかし今日のエドワードはどうやらいつものエドワードではないらしい。
飽きれたため息は溢れたものの、エマの話の続きを静かに待っている。そのアイスブルーは決して人を馬鹿にするようなものではなかった。
「フ、ファンタジー小説よ……」
「小説?」
「そう。昔母に読んでもらった“アネモネの夢”っていう児童小説なんだけど、最近急に懐かしくなっちゃって」
しかしもうその本は売ってしまったようで、実家にはなかった。
その後エマは本屋をいくつも回って先日やっと有力な情報を見つけたのだが、どうやらとても貴重なものらしく、入手は困難を極めるらしい。
そしてその手間賃を含めると、とてもエマが軽々しく手が出せないほどの高額になってしまいそうだった。
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