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私は裕福な家庭で育った。
だが、美味しい料理というものを食べだことがない。
毎日のように一流の料理人がやってきて晩御飯を振る舞ってくれる。
どの料理も素晴らしいものではあったが、心から美味しいと思ったことはなかった。
父の会社を引き継ぎ、ある日たまたま入った小料理屋。
笑顔で出迎えてくれた女将が、「こちらへどうぞ」という感じで着物の袂を捲りながら、一品の入った小皿をカウンターの一番奥の席へと置いた。
促されるまま私はその席につき、箸を取ってその一品を摘む。
「美味い……」
初めて心から出た言葉だった。
「お気に召していただいて何よりですわ」
女将は嬉しそうな表情を浮かべながら、次の料理を目の前へ。
「美味い、美味い……」
私は飢えていたかのように貪り食った。
「何か特別なものでも使っているのかい?」
あまりにも美味しくて、突拍子もないことを聞いていた。
「魔法のスパイスですわ」
女将はケラケラと笑った。
酒を呑むことさえ忘れて満腹になり、
「また来るよ」
幸福感でも満たされた私は勘定を置き表へ。
「ぜひお越し下さい。
お待ちしております」
見送りに出てきた女将は、白い歯を見せない上品な笑顔でお辞儀をした。
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