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「あー、そこの子供を抑えてるお兄さん。ちょっとそこの少年と話をさせてもらっても?」
「だ、誰だ君は!このガキは盗みを働いた盗人なんだぞ!」
「あぁ、そういうのはいいから」
男はそう言って、誰の許可もなしに抑えられた少年の頭上にまで近づき、身を屈めて話しかけた。
「なぁ坊主、盗みが悪いことだってことは、わかるよな」
「......」
「でも、お前は物を盗んだ。......どうしてだ?」
少年は、ただ俯くだけで答えない。
「そうしなければいけなかった理由、俺に話してみろ。な?」
「......」
だが、少年は答えない。
「......はぁ。そうかい。もし坊主が話す理由に俺が納得できれば、手助けしてやっても良かったんだけどなぁ。あぁあ、残念だ。」
「ッ!!」
「な、何をいうんだ君は!!」
その言葉に、初めて少年は顔を上げた。例えこの得体の知れない男に理由を話したところで、もうどうにもならない。そう考えていたからこそ少年は何も話さなかったのだ。だが、男は俺の話が納得できれば手助けしてくれるという。
男は、すでに少年に背を向けここを立ち去ろうとしている。自分が助かるためには、このチャンスを逃してはならない。
少年は、腹の奥から声を絞り出した。
「お、俺だって!盗みなんてしたくなかった!!......でも、やるしかなかったんだ。大人は俺を雇ってくれないし、子供を働かせてもいいってところは、全部身売り目当ての闇商売ばっかり。俺の友達も、全員連れ去られて帰ってこなかった。だから、例え悪いことだって分かってても!俺たちが生きるためには盗むしかなかったんだ!!」
言った、少年は言った。嘘偽りのない本心を、少年はすべて語った。
それを聞いた男は、ゆっくりと口を開く。
「......一つ、質問をする。」
「な、なに?」
「......お前は、食べ物以外を盗んだことはあるか。」
「......ない、ないです!」
「......そうか。」
男は、少年の方へ振り向いた。
「グハッ!?」
続く、少年を抑えていた役人のくぐもった声。その瞬間、体が自由になったことに少年は気づいた。
「き、貴様ッ!」
「悪いね、俺はこの少年に納得させられちまったんだ。」
男は、少年を守るようにして役人の前に立ち塞がる。
「盗人を庇い立てすれば、お前も盗人に味方した悪人として処罰されるのだぞ!」
「悪人?俺は別に悪いことをしたとはおもわねぇよ。むしろ、こんな小さな子供に盗みを働かせるこの町こそ、俺は悪いと思うけどねぇ。」
「ちっ、言葉の通じぬ狂人めがッ!全員刀を抜け!あの男は我らに楯突いた逆賊として今ここで手討ちにする!!」
役人たちは、それぞれ腰に刺した刀を抜き、刀身を男へと向ける。それがどういう意味を指すか、そのことを知らずに。
「やぁぁぁぁ!!」
「はぁぁぁあ!!」
自分の手柄にするため、先駆けた二人の役人の男。相手は一人、負けることはないとたかを括っていた。実際、その様子を伺う他の四人の役人もまたそう考えていた。
「お、お兄さん!!」
「坊主、これ持ってちょっと離れてな。」
それは、少年とて例外ではない。何かが入った箱を手渡したこの男が刀を持っていることには気づいていたが、その腕前がどれほどのものかなど少年は知らないのだから。
「............」
男は動かない。刀を抜くことも、居合の構えすらもとらない。少年は焦り、二人の役人は勝ちを確信し、刀を振り下ろした。
「......は?」
「......え?」
だが、倒れたのは刀を振り下ろした役人二人の方だった。男は何もしていないはずなのに、二人はその横を通り過ぎたかと思えばそのまま地面へと倒れ動かなくなった。
「......な、何をした!?」
「ッ!!?」
「......」
状況が飲み込めない四人の役人と少年。見ていなかったわけではない、だが、男は一度たりともその場から動いてはいないのだ。
理解などできるはずがない。
「な、なぜだっ!なぜ動いていないはずの貴様が......ッ!!ち、ちょっと待て、その黒漆の鞘......ま、まさか!?お前が!?」
何かに気付いた役人は声を荒げる。男自身は何もしていないが、刀の入った鞘が風に揺れて男の目に止まったのだろう。
「へぇ、俺のこと知ってるんだ。俺って結構有名人?」
「あぁ、有名だとも。絶対に刀を抜かない剣士がいる、その噂はこの町じゃ知らないものはいない!だがなぜだ!お前は、刀は抜かないんじゃなかったのか!?」
「......なぜ、俺が刀を抜いたと?」
「それ以外にありえるか!!それ以外に、この短時間で二人の人間を殺すことなどできるわけがない!」
「......へぇ。」
男は、感心したようにその役人を見る。その役人は、明らかに他の三人とは格が違う佇まいをしていた。警戒すべき敵への姿勢の取り方、足の形や、こちらを注意深く探る目。数いた役人の中でも、男の前に立つ役人だけは、一味も二味も違う。
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