無抜の剣士

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「......かの有名な剣士殿とは、相手にとって!不足なし!」 「切り捨て!御免!」 「いざ尋常に!勝負!!」 「!!待て!早まるなッ!!!」 剣士としての本能か、はたまた名のある剣士に勝ったという名誉のためか。生き残っていた他の役人は次々と男に襲いかかり、やがて先に旅立った者たちと同じ末路を辿っていった。 「くっ......やはり、見えんな」 「一つ、いいことを教えてやるよ。俺は今まで、刀を抜くことを躊躇した覚えはない。」 「なに?......なるほど、そういうことか。お前は、今まで刀を抜かなかったのではなく、刀を抜き納めるまでの工程を相手に捉えさせなかった、そういうことだな?」 「ご名答。」 男は付け加えるように、さらに役人に対し言葉を告げる。 「俺は、何もしてこない一般人相手に刀は抜かない。ましてや武器も持たない相手に抜くこともない。だがな、剣士として刀を抜いた相手であれば話は別だ。」 「......俺は絶対に、命のやり取りには手を抜かない。例え相手が、どんなに下劣で欲に塗れていようと、どんなに弱かろうと。」 役人は、その言葉に目を見開き、そこから少しずつ目を閉じる。 「『抜かない剣士』、か。......フ、ハハハハハ!!」 再び目を開け、真っ直ぐに男を見つめる役人。その目は、どこまでも真剣そのもの。まさにそれは、どこまでも純粋な剣士の目だった。 「先立った奴らに強くは言えんな......。ここで戦わずしては剣士の恥!いざ、尋常に勝負!!」 「............」 役人は刀を抜き、構える。 男はやはり、姿勢を変えない。 「やあああああ!!」 「............」 男の刀は、静の刀。完全にリラックスした自然体から、一気に攻撃を仕掛けるその瞬発力こそが男の刀の真髄であり、故に構えを取らないこの姿勢こそがこの刀を生かす最もふさわしい姿勢である。 全速力、自身が持てる『速さ』と『力』の『全て』を一瞬で解放する。 役人の刀が、あと少しで自分に刺さる。その瞬間に初めて男は体を動かし、人の目に捉えることのできない神速を生み出すのだ。 「......見事」 役人は、どこまでも満足そうな顔で眠りについた。 「......ふぅ。」 一刀一刀全力を持って振るということは、それだけ体への負担も大きい。ひとまずの安全が保証されたころ、男は小さく息を吐いた。 男に切られた役人たちの体からは、血の一滴すら流れていない。もはや切られた対象ですら、切られたことに気づきはしないのだ。 「あっ......あぁっ......」 少年は、目の前の光景が信じられなかった。目に見えない速さで大人を切り捨てていくこの男。それが人のなせる技には見えず、まるで化け物を見るような目で男を見ていた。 「......ん?」 「ヒッ!?」 男が振り向き、それに合わせて口から小さな悲鳴が溢れる。 少しでも不興を買えば、次は自分がやられるっ!? まさに、蛇に睨まれたカエル。 何をされるのか、恐ろしくてつい目を瞑ってしまった少年に、男は一言こう言った。 「あ、その栗まんじゅうやるよ。あんまり美味しくなかったからな。」 「......へ?」 少年の口からは、なんともまぁ間抜けな声が漏れた。
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