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Saturday evening
航希はTシャツがよく似合う。たぶん、胸板ががっしりと厚くて二の腕も逞しいからだ。
少し厚めの生地の黒い無地Tシャツに、インディゴブルーのスキニーデニム。お気に入りのレイバンのサングラスを胸元に引っ掛けているのは、夕日が眩しいことを見越しているからだろうか。サングラスが必要だっていうことは……やっぱり、海の方に向かうのかな。
「夜ご飯はどこかで食べようね。車だから飲めないけど」
「……ああ」
「それで、どこ行くの?」
「いいから、おまえは黙って乗ってろ」
航希は低い声で言うと、静かに車を発進させた。不機嫌はまだ続いているようだ。白いインプレッサはマンションの駐車場から滑り出ると、すぐに国道に合流する。
今日のわたしの服──紺色のフレンチスリーブのカットソーは胸元がVネックになっているから、デコルテを綺麗に見せてくれる。ベージュのタイトスカートは細ベルトでウエストマークして、足元は5センチヒールの黒いストラップサンダルを合わせた。
「休みの日に髪まとめてるの珍しいな」
赤信号で停車した隙に、航希がわたしにちらりと目配せをした。日がだいぶ傾いてきて、航希の横顔を強く照らしている。街中を出る頃には、空はすっかりオレンジ色になっているだろう。
「だって暑いもん。だいぶ伸びたし、少し切ろうかな」
「切るなら肩下くらいにしとけよ。おまえ、ショートよりロングのほうが似合うから」
突然投げられた言葉にドキドキしているうちに車が発進する。航希はこういうところがあるから、ずるい。日常会話にさらっと褒め言葉を混ぜないでよね。……ほんと、女慣れしてるんだから。
運転席の航希は、カーオーディオから流れる音楽に合わせて鼻歌を歌っている。ほとんどが英詞の軽快な音楽は、古賀に教えてもらったものだという。
やっぱり航希ってかっこいいな──その横顔を盗み見て、胸がきゅんと高鳴った。こういうふとしたときに、一緒に暮らし始める前よりもさらに彼を好きになっている自分に気付いてしまう。
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