8145人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらく走ると右手側に海が見えてきた。オレンジ色の夕日が穏やかな水面に反射して、キラキラと光を放っている。もっとちゃんと見たいけど──あまり身を乗り出すと、運転の邪魔になるもんね。あとでどこかに停まってもらおう。せっかくだから写真も撮りたいし。
航希はほぼ無言で運転しているけれど、時々「エアコン効きすぎてないか」とか「コンビニ寄ってもいいか」とか、他愛もない話を振ってきた。
考えてみれば、航希とドライブに出かけたことなんて片手で数えるくらいかもしれない。
冬の間は車で遠出なんてしないし、新年度になってしばらくは仕事と引越しの準備で忙しくて、デートらしいデートもしていなかった。そうこうしているうちに夏が来てしまった、という感じだ。
「タバコ、吸っていいか?」
「うん。窓開けてね」
家の中は禁煙にしているので、普段、航希はベランダでタバコを吸っている。こうして車で出かけるときは極力吸わないようにしてくれているけど、どうしても我慢できない、ということもあるみたいだ。
窓を開けると、爽やかな海風が吹き込んできた。昼間に比べるとだいぶ気温が下がったな。それでも蒸し暑いけれど。
航希はラッキー・ストライクの箱からタバコを1本取り出して、黒いジッポライターで火をつけた。やっぱり夕日が眩しいのか、海岸沿いに出てからはサングラスをかけている。
右の人差し指と中指でタバコを挟み、左手でハンドルを握るその姿が、やけに絵になっていて──やだな、すごくドキドキする。
風がタバコとシトラスの匂いを攫って、わたしの鼻腔をくすぐる。航希の匂いだ。そう実感すると、さらに鼓動が速くなった。
「そこの駐車スペースに一旦停めるから」
航希の声にハッとして、「う、うん」と頷いた。彼はとっくにタバコを吸い終えていて、全開になっていた窓も閉まっている。
「……未央」
「なに?」
「いや、なんでもない」
──今日の航希、やっぱりおかしいよね。ただ不機嫌なだけだと思っていたけど、違うのかな。
海に面したその駐車スペースには、他の車は1台も停まっていない。航希は端の方に駐車してエンジンを止めると、ふう、と大きなため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!