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「だから、どうしたの。何か言いたいことでもあるの?」
「……俺、5月で29歳になっただろ」
「はあ?」
いったい、何を言い出すかと思えば。──5月下旬、航希の誕生日のことを思い返してみる。平日だったけれどお互い定時で上がって、わたしがちょっと高めのディナーをご馳走した。プレゼントは彼が欲しがっていたお財布。……で、それが何か?
「それで未央は……10月で、同じ歳になるだろ」
彼の左手にあるタバコの箱に目をやると、それはすっかり変形していた。潰してしまうつもりなのだろうか。
「あのね、女性に年齢の話するのってめちゃくちゃナンセンスだから」
「いや……だから、その……。くそ、ほんと格好つかねえな」
航希は苛立ったように髪をぐしゃぐしゃと掻くと、大きなため息をひとつついてから、くるっとわたしの方を向いた。
「航希、あの……」
「未央、俺は──これから先、おまえがいない人生なんて考えられない」
「え?」
「死ぬまでおまえと一緒にいたい。おまえがいないと、だめだ」
航希がわたしの両肩を強く掴んで、その大きな瞳でまっすぐこちらを見つめる。それから一呼吸置いて、「だから」と次の言葉を続けようとして──また黙ってしまう。
──航希、わたしに何を言おうとしてるの?
みるみるうちに鼓動が速くなっていく。真剣な表情でわたしを捉えている彼の横顔を、沈みゆく夕日が鮮やかに照らしていた。
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