Saturday evening

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航希はわたしのことを、いつもは「おまえ」って呼ぶくせに、何か言いたいことがあるときは「未央」って名前で呼ぶ。 だからきっと、何か言いたくてたまらないんだ。それも、すごく大事なことを──。 「未央、好きだ」 航希の汗ばんだ手のひらが、わたしの頬を滑っていく。好きだ、って言葉は幾度となく言われてきた。だけど、今の「好きだ」は、あのときと同じ響きを持っている。わたしに告白してくれた、すごく寒い日の──初めて気持ちが通じ合った、12月のあの夜と。 「航、希……」 「俺と結婚してほしい」 わたしの頬に優しく触れながら、航希が微かに笑った。夕日は相変わらず、向かい合うわたしたちを照らしている。半分くらい開いている助手席の窓の外から、穏やかなさざ波の音が聞こえた。 たぶん、心のどこかで気付いていた。突然ドライブに誘われたこと、妙に不機嫌だったこと、口数が少なかったこと──思えば、朝から様子がおかしかった。それに、同棲を始める時点で結婚のことは視野に入れていたのだから、驚くようなことでもないのかもしれない。 それでも──大好きな彼に、「結婚してほしい」って言われて……動揺しないほうが難しい。 言われた瞬間、心臓が止まっちゃうかと思った。一度呼吸をしたら、今度はバクバクとすごい勢いで心臓が動き始めて、わたしは右手で胸の辺りを優しく撫でる。少しでも落ち着いて、呼吸を整えられるように。 「……なんか言えよ。気まずいんだけど」 航希が沈黙に耐えかねたように、ため息混じりでそう吐き出した。「ここで断られたら、これはどうすればいいんだよ」──そして、コンソールボックスから小さな箱を取り出す。 「まあ……断られるなんて、最初から考えてないけど。未央、左手出して」 そっと左手を取られて、小箱から出したキラキラと光るもの──星屑のように煌めくダイヤがついた指輪を、薬指に嵌められた。 「これで、おまえは一生俺のものだ。未央、返事は?」 そのまま左手をぎゅっと握られて、探るような目で見つめられる。頭がぼうっとして、頬も瞼も熱くて、喉の奥が痛い。わたしがやっとのことで絞り出した「うん」という声は、すっかり涙声になってしまっていた。
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