おそまきながら 初恋です

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 ちょっとは本を読みなさい、と言われ続けて十六年。  絵本からマンガにステップアップはしたけれど、文字でいっぱいの本は夏休みの宿題をこなすため、ひーこら言ってページをめくるだけ。  そんなあたしが図書委員だなんて、くじ引きの神さまってセンスないよね。  新入生が高校にもなじんだ五月の連休明け。クラスで委員会活動の役決めがあった。  他のクラスがどういう決め方をしたのかは知らない。でも、いかにも本を読んでますって子が図書室には集まっている。 「ねえ、どうして図書委員になったの?」  となりに立つ黒髪女子にきいてみた。 「本が好きだからよ」  そんなの当たり前でしょ、と怪訝な顔でひんやり答えてくれた。  ああー、やっぱりそうかあ。  て、そうだよね。普通そうするよね。生徒の自主性を重んじるよね。  だのにうちのクラスなんて、オール運まかせのくじ引きだもん。 「思わぬ役目をするのも、勉強のうちです。なにが幸いするかは、人生わからないものです」  なんて仙人みたいな担任は言った。まっ白な髪を肩までのばした古典の先生。イメージがぴったりすぎて笑っちゃう。  そりゃあ塞翁が馬ってのは習ったよ。でもまだ悟ることができてないのが若者でしょう。こちとら十六のうら若き乙女。仙人先生の境地にはほど遠いんですよ。  自分があまりに場違いだからか、頭の中で文句の嵐が吹き荒れる。  清楚な司書の先生が「委員長」と手まねきした三年生を見て、嵐はピタリと止まった。  カッコイイ、というわけではなかった。失礼ながら、見た目はパッとしない。でもなんだかほんわかしていて、妹をかわいがってくれるお兄ちゃんって感じ。 「三年A組の渡辺です。一年のときからずっと図書委員でした。今年は委員長をさせていただきます」  トットットット。胸が小刻みに音を立てる。  なに、この感覚。試合前の緊張感とはまた違う。委員長を見ていると、手の平に汗がわいてくる。  集まった図書委員を見まわしながら説明する委員長の視線と、見つめるあたしの視線がぶつかった。  耳がひと息に熱くなった。  いくら恋愛とは遠い世界に住んでいるあたしでもわかる。  こ、これは、ひと目惚れだ。  ほんと人生って、なにが起こるかわからない……。 「それじゃあ、図書室の中を案内します」  迷路の壁みたいな棚には、小説に図鑑、釣りや将棋などの趣味の本、日本史や科学などのお勉強チックな本がぎっちりと詰まっていた。かと思えば、映画の雑誌なんかも置いてある。  それを一つ一つ紹介してくれる委員長の声の甘いこと。胸にじんわりしみる。  中の案内が終わって図書委員の仕事についてひと言。 「貸し出しの手続きは、当番になったときに説明します。昼休みや放課後に時間があれば手伝ってください」  あら、当番って強制じゃないんだ。えー、それじゃあ、やる気のない子は、さぼりたい放題ってことだよね。  だれもこなかったら、委員長困るだろうな。
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