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「ゆうちゃん」
目が覚めると、私はまた、あの桜の木の下にいた。目の前には、高校生くらいだろうか、恵美子が微笑みながら立っていた。
「恵美子」
「ねえ、ゆうちゃん」
恵美子は私の名前を呼ぶと、すっと桜の木を指差した。
「この桜、もう咲かないの」
私は、恵美子の手を追い、桜の木を見上げた。
もう春も近いというのに、桜の木は、かすかに色づいてはいるが、芽吹く様子は、どこにも見られなかった。
どうして、私は季節が春だということがわかるのだろう。そんな考えが頭をよぎったとき、恵美子がゆっくりとこちらを振り返った。
恵美子がゆっくりと口を開いた。私は、それを知っている。
「でも、大丈夫よ」
そういった恵美子の背後に、ひとりの女が姿を現した。それを見た瞬間、全身に鳥肌が立つ。
「あの人が、花を咲かせてくれるわ」
「やめろ」
そういった私の声は、届かない。
女はゆっくりと、桜の木に近づいていく。女の手には、きらりと光る、刃物が握られていた。
「やめろ」
「だめよ」
動き出そうとする私を、恵美子が止める。
私はその続きを知っている。
女は桜の木の下に佇むと、木を見上げ、そして、持っていた刃物で、一気に自分ののどを掻っ切った。
桜の木の下に、血しぶきが舞った。女がゆっくりと、力なく地面に倒れていく。
「桜は、命を吸うのよ」
痙攣していた女の動きが止まったとき、桜の花が一瞬にして、鮮やかに色づいた。
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