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私は休暇を取り、次の日から地元に帰った。
最寄駅で下車し、家へと続く田舎道をとぼとぼとひとり、進んでいった。地元を出てから、もう40年近く経っている。この駅までたどり着くまでの車窓の風景は、自分がまるで見たことがないものへと変貌していたが、駅からのこの景色は一向に変化がない。
何もない街だ。
突然やってきた冬の寒さに震えながら、私はそう小さくつぶやいた。電灯が寒々しく点滅を繰り返している。家まであと少し。
「ただいま」
「おお、雄二か」
扉を開けた私そうに声をかけたのは、兄の孝一だった。この家はもともと私の両親が住んでいたものだったが、父は5年ほど前に、母は一昨年に他界し、今は、独身の兄、孝一の住処となっていた。
玄関で、靴を脱ぎ、私は兄の声がした居間のほうへと進んでいく。そこには、こたつにくるまり、ひとりテレビを見ている兄の姿があった。
「これ」
私は兄に買ってきたお土産を渡すと、一緒にこたつにくるまった。
こたつの暖かさが、冷え込んだからだに響く。うーっと思わず声が出た。
「帰ってくるなんて、めずらしいな」
テレビにかき消されそうなほどの小さな声で、兄はそういった。
「ああ、友達が死んで」
「誰が?」
「小松恵美子ちゃん」
「恵美ちゃんが」
その名前に兄は驚き、大きな声を出した。
「恵美ちゃんが、死んだんけ?」
「そうそう」
私はむしろ冷静に兄の言葉に受け答えた。
「そうか」
そういったきり、兄はまた静かになった。
「風呂、入ってくる」
私はそういうと、ひとりこたつを後にした。
久しぶりに自室の布団にくるまり、天井を見ながら、私は、死んだ小松恵美子のことを考えた。
恵美子とは、同い年で家も近かったので、それこそ、生まれたときからずっと一緒に生きてきた。高校まで、同じ学校に通い、大学からは、私が地元を離れることになり、そこからふたりは離れ離れになった。恵美子はその後、地元の男と結婚し、しかし、子供には恵まれなかった。そんな旦那も昨年に急死し、恵美子は今ひとり、旦那が購入した一軒家に住んでいると聞いたが。
そうか、私は旦那の葬儀には出席しなかったんだ。その時期にちょうど仕事が立て込んでいて、それに、恵美子の旦那の葬儀には、なんとなく、出たくない。そんな思いがあったからだ。
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