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幼いころの恵美子がいる。はしゃぐ姿を後から見つめながら、私は自分に何が起こったのかを考え続けていた。
朝だったはずの日の光は、完全に暮れ、寒かったはずの空気も、ねっとりとした熱気を帯びていた。恵美子の声に振り向いた瞬間に、季節は一気に夏へと変貌していた。
「りんご飴!」
楽しそうにはしゃいでいる恵美子の姿に、何故か、胸が締め付けられるのを感じた。この光景を、自分はどこかで見たことがある、そんな気がした。
「花火、始まるぞ」
松原はそういうと、花火がよく見えるところまで、一気にひとりで駆け出していった。
「待って、りゅーちゃん」
恵美子はそう声を出すと、私のほうを振り返った。そして、「ゆうちゃん」と私に声をかけた。その言葉に、何故か私のからだに、冷たいものが走った。
「ついてきて」
恵美子はそういうと、私のほうに向かって歩き出した。そして私とすれ違い、振り向くと人ごみとは反対のほうへ、静かに歩き去っていった。さっと、血の気が引くのを感じたが、私は、恵美子の後ろをゆっくりとついていった。神社からどんどんと離れていく。
「ねえ、恵美子」
人ごみから離れていくことに、不安を感じ、私は思わずそう呼びかけた。けれど、恵美子は振り返りもせず、ただひたすらに歩みを進めていた。
静けさが深まっていき、代わりに心臓の鼓動が、どんどんと大きくなっていった。恵美子は何も言わずに進んでいく。森の中を進んでいくと、今自分がどこにいるのかが、だんだんとあいまいになってくるのを感じた。
自分のからだなのに、どこか夢うつつのような、そんな不思議な感覚が、からだを支配していた。
「ここ」
森を抜けた拓けた空間で、恵美子は立ち止った。
「きれいでしょう」
私の目の前には、大きな1本の木が聳え立っていた。
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