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備忘録
「…………じゃあ、魂の行き場なんてないってことなのか?」
「そうは言っていないよ。人々の意識は必ずどこかへ流れていく……だがそれが、ここではないどこか遠くであるだなんて」
誰も言っていないってだけさ。
変わらぬ調子で、落ち着いた微笑で。渦錬はそんなことを淡々と流していく。
俺たちが。霊能者と呼ばれる人々が見てきていたその感覚を、彼自身の理解できる論理で説明するというそんないつものことだったけれど。
ただ、本質的に理解しているというよりは整合性を重視した説明のための説明なんて以前に口にしていたくせに。そのロジックのわかりやすさと絡まり具合は異常なまでに危ういバランスで成立しているのだろうとは感じ取れた。
「人間の意識、それ自体は脳内に走る電気信号と脳波によって生み出され揺らいでいる。そしてそのうちの一部が、本人の持つ霊力と混じり合って微量に外部へ放出されているとは知られている話だ」
その辺りは中学で習う範囲だったはずだ。
「そして、生命活動の終了後に止まった脳の活動とは無関係に放出されている波動そのものの残響、残り香ともいえるその揺らぎが世界に対して影響を及ぼし続ける。それが、君達霊能者が感じ取ることのできる不浄霊の別視点での捉え方だよ」
「脳の波動? そんなものがあるって?」
聞いたことがないわけではなかったけれど。
しかしそれは、超能力(サイ)というものの考え方のようにも思える。
「現時点で、それを操れる人間は一人だけ。……そして人間以外でも一人だけという状態では、そもそも研究すら始まっていないんだけれどね」
不思議なことに、としかし渦錬はかけらも不可思議な雰囲気もなくうそぶいている。
人間側に居るその能力者は聞いたことがある。
人間以外となると、流石に想像の埒外だ―――意外でもないけれど。
いくら霊や妖怪など相手にするとなっても、そのほとんどは脳を駆動させるような能力など持ち合わせてはいない。
「そう。だからこそ霊能者以外には霊界、冥界というものがまるで理解できない」
「死後の世界が想像の範疇から出ない理由ということかな」
「どうだろうね。死後の世界はどうだか知らないけれど、『冥界』自体は宇宙管理システムと同義でしかないから……っと、この話はするべきではないのかな」
瑠璃堂さんに怒られるかなあ、と他人事のように呟いている。暢気そうだ。
とりあえず追及はしないでいた。
「まあ、死者の霊というものがどこへ行くのか。それ以前にどこかへ行かなければならないのか。その辺りを疑問に思ったことはないかな?」
まるで、揚げ足を取るような言い方だ、と思った。
それでも、彼はそうやって物事の根本を疑って生きることが習慣になっているのだろうというのは想像に難くはない。
「放出された波動はやがて減衰していき消滅する。実のところ、不浄霊の強さというのは初期に発された波動の強さだと言い換えることもできるんだよ。波動そのものは人体に対して様々な影響を与えることくらいは知っているだろう」
手近な例を取って、音波なんて判りやすいか。もっと極端な例を挙げるならば放射線なんかもそうだろう。
「霊能者の浄霊、除霊というのはその波動を打ち消して無に還すことの比喩表現とも言えるかな。単純な技能でないことは知っているつもりだけどね」
「まあ、意識だって実体がなくとも環境を動かせるからな」
何人もの霊能者が、そういうモノに返り討ちに遭うなんて事実がそれを肯定するだろうか。
楽な仕事では決してないのだ。
「不浄霊が実際にどうなのかは知らないけれど。憑依することによって自身を強化することの理由とかも、その辺りだろう」
生者の脳をジャックして意識を書き換えたうえで、持っている波動を増幅して放出する……。そう考えてみれば理はあるだろう。
渦錬が言っていることが現状仮説段階でしかなくとも、俺がそれを安易に否定することはできないだろう。
「反駁くらいはしたっていいんだよ? それすらも、僕が斬り捨てる理由もないんだからね」
「別にいいよ。時間の無駄だ」
そうかい、と特に不満もなさそうだけれど。
実際に何を思っているのかはわかりにくい。
「……。言ってみれば、リアルとオカルトを繋ぐような言い方なんてものは探せば見つかるものだよね。そこに無いけれどいつでもそこに居るなんてチープな文句でなくね」
「どんなものでも、大本を辿っていけば同じ何かに辿り着くだろ」
「それだよ」
「指を差すな」
はっはー、となんだか嫌な笑い方をしていた。どことなく胡散臭い。
「僕のアカシックレコードというのもその考え方を基にしている部分があってね。すべての因果はたった一つの原因によって発生しているという視点だとか、そして自分の存在を基準にしたマクロとミクロの考え方。……これはどちらかというと宇宙の考え方に近いんだけどね」
さっき宇宙のことも言っていたな。
相似と合同、そして集合、入れ子の考え方、確率、何かと何かを繋ぐ等式、関数。
「…………、数学的だとでも」
「視点によっては全て同一、故に代用可能。こんな問いかけを、君は見たことがあるはずだよ?」
それが何を意味しているのかは、しかし瞬時には思いつかなかった。
「全てはここにある、なんて」
「そして全ては心にある、とか」
「世界は自分の認識でのみ成り立っている」
「視たいものだけを見て、信じたいものを信じるだけ」
「幸福は自分の心次第」
最後のは違うだろう、とすこし面白かった。
「…………さて、言いたいことは見えたかな?」
「此岸も彼岸も、別に遠く隔たっているわけでないってことかな」
「むしろすぐ傍にあるようなものだと思うんだよね。見えていないだけの重複世界みたいなもので……拡張現実とも似ている気がするけれど」
認識できているかどうかの問題でしかなく、そして霊能者はそれを認識しやすい存在だということだろう。
いつでもそこに居る、その意味としては適切なのかもしれない。
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