備忘録2

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備忘録2

「僕は何だって知っている。まあ、知りたいと思ったことだけだがね」  またよくわからないことを言い出した。などと思ったことが読まれたわけでもないだろうに、渦錬が俺を見ながら面白そうに目を細めていた。  実際のことを言うなら、彼が口にするその台詞は一切の誇張のない、端的に事実を表現しただけのことだと納得できるようなものでしかなく。  その言動に幾度となく助けられていたわけで、何を言おうとも無闇になってしまいかねないような超越性が透けて見えているのだ。 「今更信じていないわけでもないんだろう?」 「この期に及んで不信感を持ち出す阿呆はいねえだろ」  くっくっく、と本当に面白そうに笑みを噛んでいる。そういえばこいつが大笑いしたところって見たことないよな。 「人間が世界における一種の情報端末だって話は聞いたこと、あるだろう」 「ああ、全ての人の意識がクラウドストレージに共有されていて、ってあれか」  その表現自体はあまり聞きはしないけれど、しかしそんなもんは昔から似たような概念なんかいくらでも説明されている。  アカシックレコードもそうだし、阿頼耶識という言い方だって類似の概念だ。  どこかで誰かと繋がっている、生きているのならそれを否定することは基本的にできやしない。 「まあそんなのは今更さ。この宇宙において情報を引き出せないという事実は確かに否定されているよ」  そうだろうさ、と応じた。  そうでなければ渦錬がなんでも知っているなんて、言えるはずもない。  頷いて、そうだけどね? と首を揺らした。 「でもどうだろう、とは思わないか? その何でも知っているという言葉。そのすべてがどこまでの範囲を指すのかを観測できていない現状に」 「んー」  俺らが現在存在している宇宙空間のことを指して言っている訳でないことは知れる。  外部世界、別の宇宙なんてものを定義した人物の言葉を借りているようだし。 「並行世界、ではなく。物理的に干渉できない並行宇宙を僕達は観測できてはいないね」 「少し前のアレで、その存在は確認されているんだろ。遠田海人という世界におけるイレギュラーが証言して」  そして彼の持つ異能「空間摂理(エリアル)」の解析によって、その存在を理論上確認できたという話ではあったけど。  概要はそうだね。  そんな風に肯んじて、その奥にあるものを透かすような視線が。  どこか遠くに向いているのを見逃しはしない。 「言うてそれを示唆したのは僕なんだけどね」 「おい黒幕」  失礼な、と言いながら心底面白そうにしているのが意味不明だが。 「その時点での各方面での理論をかき集めて提案しただけだよ。いきなり答えを教えてしまうのは、行動として完全に間違っているからね」  進化と転換は急激な訳がない。  それがシームレスなものだっていうのは、歴史を知っているなら当然わかっていることだと続けていた。 「それに、全く別の分野の話を利用しないと理解できないことだってあるだろうさ」 「比喩の話か? あれは使いどころが限られるじゃあねえの」 「波動の話だよ。歯車の話にもなるし、エネルギー量保存則のこととも繋がるだろうね」  視点の違いのことか。  別にそんな話なら、三つ目の熱力学第一法則で説明できるだけのことだろうに。 「色々な要素が様々に影響しあっているってだけのことだけどね。それを体系的に定義するのは難しいんだよ。それが観測できたことのない別の宇宙の話であれば、尚更」 「宇宙と宇宙が相互に影響している、と」  うん。  なんということもなさそうに頷かれた。 「というか、例の戦争だってその影響だよ?」  隣り合う宇宙と僕らのいるこの世界が、こすれ合ったからこそ起こった異変なんだ。  地球圏がピンポイントで、摩擦熱に焼かれたって意味なんかな。そんな風に思っても、その理解が正しいかどうかを確かめる術が無いわけだ。  なんだか言った者勝ちな印象はあるけどなぁ、と息を吐いた。  まあ、と声が来て。 「この宇宙で起こったことをどこかの宇宙のせいにするのは簡単だけどね」  擦られても、擦りつけはすべきじゃあないとか。  言葉遊びにもなってねえよ。解りづらい。 「知ることができても理解できないって哀しいね」 「うるせえ」  何の話だこれ。自虐で締めたところで落ちねえからなこれ。  …………。  意識が落ちそうだとか言い出したぞなんか。  首絞めんな、色々おかしくなる。
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