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取扱注意
『先輩が好きだよ』
そう告げられたのは三日前。
一瞬何を言われているのか分からなかったが、脳内で反復する事数秒。
は?何どう言う事?
嘘だろ、冗談だろ?
頭の中がパニックになり意味が分からず、フリーズした俺を椎名が大口を開けて笑ったけれど、いや、びっくりするのって当たり前だろ?
普通に昼休み、弁当開けてまだ三口目。
『付き合って欲しいけど、先輩も考える時間必要でしょ。大丈夫、俺ちゃんと待ってるから』
『え、あ、あり、がと』
いや、気を遣う所違くないか?
せめて全部飯食ってからにして欲しかった。
そっから先飯を味わうなんて気分では無く、もそもそと弁当を食べ進めるだけの時間となってしまった。
椎名は相変わらず、もっもっと両頬を膨らませて食べて『美味しいー』と嬉しそうだったけれど。
と、言うか。
(好き、って…付き合うって、そっちの意味…だよな?)
篠田と別れて三ヶ月。
椎名と出会って三ヶ月。
はっきり言って付き合っていた時の篠田よりも椎名との時間の方が濃厚だ。
互いに家にも泊まりに行ったり、放課後だって殆どの時間をこの後輩と過ごしている。
綺麗な顔立ちのこの男。
何処に居たって目立つのが難点だと思っていたけど、一緒に居たらそんな事忘れてしまう程楽しいと思う。
それに、スキンシップが激しいけど、確かにそれも不快じゃない。
繋ごうとしてくる手も、隙あらば寄せてくる身体も……
(つか、まぁ…)
あいつと一緒にいる時間も雰囲気も嫌いじゃない、いや…
むしろ、心地良いとも思える。
「………いやいやいや」
いや、本当さ、もう何つーか、好きだから付き合うって何?
篠田と付き合っていた時だって別に何かあった訳じゃない。
何してたのかと聞かれたら、一緒に放課後帰って、他愛無い話しして、えーっと…
……
………
付き合うって何?
授業中にこんな事を考えて見事に固まった俺の後頭部に数学の教師からの一発が入るなんて、全部椎名の所為だ。
*****
「珍しいなぁ、林がぼーっとしてるのって」
後ろの席のお馴染み安藤から、からかいまじりの声が届く。
「あー…」
教科書やノートを鞄に詰め込みながら、適当に返事をしてみたけれど、その顔はにやにやと何処か楽しげで思わず眉を寄せた。
「何だよ、その顔…」
「いやいや、何か最近林って色々と表情出てきたなぁーって思ってさぁ」
表情?
色々?
無意識に自分の顔をペタペタと触る俺にまた安藤が笑う。
「そういうとこ、そういうとこ」
「…自分じゃ分からんな」
「いいんじゃねぇのー、俺は嫌いじゃないし」
変わった、のだろうか。
つまらない自分から少しは変化があったと捉えていいのだろうか。
だとしたら、それは明らかに、
「…そ、っか」
何だか照れ臭い感情ににやけてしまいそうになる。
(椎名…のお陰、だろうな…)
『先輩はつまんなくなんかないよ』
ニッコリ笑う裏表の無い表情。
甘えるみたいな仕草。
うわぁ…
そんな事を思い出していると、顔が赤くなるのが自分でも分かる。
「実を言うとさぁ」
「え」
ぽやっとしていた俺にまた安藤の声。
「お前、篠田、佐藤と何か仲違いしてただろ?」
「………まぁ」
仲違い…ねぇ…
そうか、周りから見たら、そう思うよな。
三人で一緒に居る事が多かったのに、急に俺だけそこから飛び出せば…。
「だから、ちょっと心配はしてた訳よ」
「そっか…」
チラっと廊下側を見遣れば、篠田と佐藤が帰り支度を終え、何やら会話をしている様子に俺も鞄を持ち上げた。
「じゃ、またな安藤」
「おう、また椎名と一緒かぁ?」
「…うっさいよ」
あははと笑う安藤に手を振り、教室を出るとちょうどスボンのポケットが震える。
どっかで見てるんじゃないんだろうな、と疑いたくなる程のタイミング。
【玄関で待ってるよ、先輩♡】
(やっぱりだよ)
案の定と言うか、予想通りと言うか。
スマホの画面に表示されたメッセージは椎名から。
告白されてもコイツの対応は変わらない。
きっと俺の気持ちを優先して、待ってくれているのだろう。
でもアピールは忘れないのか、こうやってメッセージにはご丁寧にハートマーク付き。
何だか癪でむぅっと赤くなる顔を抑え、それをまたズボンのポケットに突っ込んだ俺は、無意識に足を早めた。
(本気…なんだろうか)
そう思わずにはいられないのに。
*****
「先輩、ね、先輩ってば」
「何?」
「もーすぐ冬休みじゃん?」
「そうだな」
今日は椎名が行きたいと言っていた最近出来たばかりのフルーツパーラー店へ。
何でもここのフレッシュジュースが美味いのだと聞いたらしく、誘われたはいいがやっぱりと言うか女の子が多い。
そうなったら、もう言わずもがな、視線を集中させるのはこの男だ。
さっきから煩いくらい女の子達が椎名を見ては、きゃーっと声を上げている。
折角のジュースも何だか味わう暇も無いと言うか、余裕が無いと言うか。
勿論俺が注目されている訳では無いのは重々に承知しているが、それでも居た堪れない何かを感じる。
椎名はこんな視線慣れっこなのだろう。
さらりと涼しい顔をしてジュースとついでにオススメのフルーツケーキまで注文し、味わっている。
「冬休みはー、やっぱデートしたいな、俺」
「ぐぅ、ぶっっ…!!」
ちょっと待て。
鼻からジュースが出てきたぞ。フレッシュ感をこんな鼻で感じるとか、ある意味生々しい。
「ははは、何してんの、先輩ーウケる」
「うけねーよっ」
はい、っと出されたナプキンで口元を拭えば周りの女の子達のくすくすとした笑い声まで聞こえ、はぁ…っと溜め息すら漏れる。
「…お前、何言い出すんだよ」
「でもさぁ、冬ってイベント多いじゃん。クリスマスとか、大晦日に正月だったら初詣。二人でおみくじとか可愛くない?まだ先だけど、バレンタインとか?」
「…で?」
「だったら、デートしたいって思うの当たり前でしょ?」
一応、聞いた方がいいのだろうか…。
「あ、」
「誰と、とか聞かないでよ。一人しか居ないんだから」
「………」
開いたままの口に取り合えずストローを差し込み黙る俺に椎名の屈託のない笑顔が入ってくる。
(…本当に、)
人の事をよく見てると言うか…俺の事を分かってくれていると言うか…。
「―――ー…」
いや、流石にそんな自意識過剰な事は言えない。
怖くて、言えない。
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