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椎名から告白を受けて一週間たってしまった…
黒板にある現実と言う名の日付を見て、授業中にも拘わらず、ごふぅっと噴き出した俺を見る周りの眼は痛かったけれど、
(流石に…待たせすぎじゃね?)
そればかりが脳内を駆け巡る。
今日の昼休みもアイツは何も言わず、美味そうに弁当を食っていたから普通に時間をすごしたけれどもっ。
(迷っているなら得策じゃない…)
それは篠田の時の反省。
中途半端な付き合いはいずれお互いを傷つけると分かっている。
椎名の事は嫌いじゃない。そのレベルだ。
…と、思う。
試しにちょっとだけ、やってみるはシュミレーション。
手を繋ぐ
(普通…つか、今でもしてる)
それが男子高校生として健全か不健全かはこの際置いといて。
抱き合う
(泊りの時って大体抱き付かれてるような…)
最初こそ照れ臭いわ、邪魔くさいわと思ってたけど…最近慣れたからなぁ…
キス
(きぃぃ…す…えー…出来ない、事も、無い、ような…)
あれだけ綺麗な顔ならば、男とかのカテゴリーでくくるのも失礼な気がする…と思うの俺だけ?
セックス
(……………いや、うん、流石に、ね、うん、ほら、だって、)
……経験値の無いからか、想像がつかん……。
結果、
(………断ろう…俺みたいなのと付き合ったって、アイツにとっていい事なんて無いだろ…)
正直何もしてやれる気が無い。
具体的なビジョンが思い浮かばない。
あんな笑顔を維持できる勇気も無い。
一体こんな俺の何処を見て好きだと言ったんだ、アイツ。
窓から見える澄んだ青空に何だか憂鬱な気分が増した気がする。
――――もっと、変わり、たい
そう思ってしまったのは、何でだろうな…。
放課後に返事をしよう。
『ごめん、今までの関係でいよう』と。
昼休みに一緒に俺の作った弁当食って、放課後に一緒に遊んで、たまに家に泊まりに行ったり、泊まらせたり……
普通の先輩後輩の関係にしては…既に濃厚、な気もする…けど。
『先輩と居ると楽しいよ、俺』
「…今まで、通り、って…何?」
そんな事を、言ったら、椎名は今まで通り一緒に居てくれる?
え?
あれ、やばい、また訳分かんなくなった。
そうなると放課後の廊下の真ん中で一人、ぼーっと立っている俺が邪魔だったのかもしれない。
ぐいっと腕を引っ張られ、ハッと現実に引き戻された。
「あ、ごめ…」
謝罪の言葉が自然と口を突いて出て来たが、自分の腕を持つ相手を見遣った瞬間、驚きで身体を強張らせた。
「し、のだ」
「来いよ」
何を言われたのか分からなかった、と言うのが正しい。
だから腕を引っ張られたまま、廊下を突き進む篠田に俺は訳も分からず、『は?』『な、何?』なんて間抜けな声だけ出していたがどっかの空き教室へと放り投げられる様に入れられると、今度こそ眼を見開いた。
(え、な、何?マジで、どし、た?)
ちょっと埃臭い。
けれど、誰かが使っている感じのある教室は酷く人間の匂いが濃い気がする。
その匂いにようやく思考が動き出してくれたらしく、ゆっくりと振り向けば若干強張った顔色の悪い篠田が入口を塞ぐかの様に立っていた。
「…あの、何?」
「………」
やっぱり無視かよ。
(まだ…何か言い足りない事ある訳?)
三か月前に椎名と鉢合わせになってから声どころか、眼も合わさなくなっていた篠田。
同時に佐藤だってあんなにこちらを気にしていた癖に時折眼が合うと渋い顔をするようになっていた。
それなのに、一体何だ。
さっぱりとしていた髪も最近伸ばしているのか、目元に影を落とし、表情から読み取り辛い。
「…用が無いなら帰るけど」
溜め息混じりにそう言えば、篠田がゆっくりと顔を上げ、視線を俺に合わせる。
少し濁った色味の眼。
感情が読み取れないそれに思わず後退りしてしまったが、それでも視線を逸らさずにもう一度乾いた篠田に声を掛けた。
「…まじで何?言いたい事あるなら、さっさと言って欲しいんだけど…」
「お前、さ、本当にアイツと…付き合ってるのか…」
「え、は?アイツって、」
椎名の事か?
いや、つか、
(何、言ってんの、いきなり…)
そんなのお前に関係ある訳?
何だか腑に落ちない感覚に篠田を見詰めれば、苦々しそうにまた篠田も俺を見詰める。
前みたいに活気溢れる雰囲気と全く違うそれ。
そして、
「アイツは辞めといた方がいいぞ…」
「は?」
忌々しそうな声音に俺の間の抜けた声が室内に響く。
けれど、篠田はそんな俺の反応なんて関係無いのか、それとも聞いてないのか。
「アイツ、本当はお前の事なんて分かってない…っ、アイツはただ面白半分でお前を構ってるだけなんだってっ」
じりっと近付き、俺の腕を掴む。
肩に掛けていたバックパックがどさりとお世辞にも綺麗だとは言えない床に落ちる。痛みを感じる程の力にぎょっと腰が引け、顔を歪めるもやはりそんなのはお構いなし。
「お前アイツの事知らないだろ…絶対アイツはヤバいってっ、見て分かるだろっ」
「ちょ、落ち着いて、」
「お前さ、アイツに相手してもらえると思ってる訳っ?ほんと、やめとけって、泣きを見るのお前だぞっ、あんな人を小馬鹿にしてせせら笑ってる様なっ、」
「篠田っ」
俺の両手に食い込む篠田の指。
それを解こうと思った訳じゃない。ただ、
「…俺は分からねーよ、付き合ってないし…そんなの」
「しゅう、」
「分からないけど、椎名の事、知らないけど」
じわりと胸元に広がるのは、憤りに似た複雑な感情。
「お前に言われる筋合いなんて無いと思う」
その感情に押されて、荒げた訳でも無いのに自分でも驚く程声が通った。
目の前の篠田の眼が大きく見開かれ、瞬き一つせずに俺を見る。
でも、一度声に出してしまったら、
「俺が椎名の事知らないみたいに、お前だって椎名の事何も知らないだろっ、知った風に言うなよ…っ」
同時に気持ち悪いくらいの苛立ちが沸き上がる。
何で篠田にそんな事言われなきゃいけないんだって気持ちと、椎名をそんな風に言われる憤り。
多分そんなんが混ざり合う事無く、どろどろとした不快な気持ちにさせているのだろうなんて、どっか冷静な自分が居るのに、止められない。
だって、椎名は、
「椎名は…っ」
『ふざけんなよ、何であんたがアイツの為に泣くんだよ』
『俺を信じて、ねぇ、先輩』
あんなに、いつも、
(傍に居てくれた、のに、)
あ、やばい、泣きそう。
じわっと目元に熱を感じ、いち早く制服の袖でそこを拭うと聞こえた篠田の低い声。
「……俺達、やり直さない、か?」
「………あ?」
こんなにどすの利いた低い声なんて自分でも初めて。
とか、言ってる空気じゃないのは分かっている。でも出たんだから仕方ない。
聞き間違え?
何ふざけた事言ってんだよ、をこの一文字に詰め込んだのだ。
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