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(どのツラ下げて言ってんの?)
ツラの皮厚過ぎだろ、一昔前のタウンページ並みだ。
大体佐藤はどうした、自分で何言ってるのか、分かってんのか?
一気にそう言って罵ってやりたい気分だが、いや、もう、無理だ。
「な、柊介、やっぱり、俺さっ」
再び掴まれた両手と切羽詰まった様な篠田。
――――ぞわ、
(や、ばい…っ)
ぶわぁっと勢いよく身体中の肌が粟立つ。
「俺、今度なら絶対にお前の事もっと、」
き、
気持ち、悪い…っ!!
ぞわぞわ…
足元から何かが這い上がる感覚に俺の限界がやって来た。
「む、無理っ…!」
喉が引き攣りそうになりながらも、掴まれていた両手を振り払い、兎に角走るのみ。
後ろから何か言ってるけど、もう無視だ。
教室を飛び出して、向かうは玄関。
アイツが待っている。
(し、椎名、)
途中長くも無い脚がもつれそうになるのに新たな苛立ちを感じながらも、玄関へと辿り着き辺りを見回す。
胃からせり上がる何かは決して走ったからとかではない。
「し、椎…名っ」
居ない?
いつもだったら傘立ての所に座るなと張り紙がしてるにも拘わらず、長い脚を惜しみなく放り出して通行人の邪魔になって居ると言うのに。
「し、いなっ!」
何でこんな時に居ないんだよっ…!
理不尽とは分かっていても、苛立ちの矛先を椎名に向けてしまう。
あり得ないけれど、背後から篠田が迫ってくる様な感覚に陥り、プチパニックだ。
(何で…っ、帰った、とか、)
椎名…、
椎名…
何で?
誰かに誘われた?
もっと面白い事見つけた?
いつもみたいに笑って、抱きついてくれないと駄目だろ…
ネガティブな考えが頭をよぎった、瞬間。
―――ガシ、っと背後から掴まれた腕。
「ひっ…」
本日二度目のそれに、衝撃と驚きから文字通り腰が抜けたのか、かくんと膝から崩れ落ちた俺に、
「え、先輩?何、どうしたの?」
「…し、椎名、」
すっかり耳に馴染んだ声と見下ろす整った顔。
「ちょ、大丈夫?眩暈でもした?」
慌てた様に俺の腕を引っ張りながら立ち上がらせてくれる椎名の表情はおろおろとして何だか可愛らしい。
「先輩聞いてる?マジで大丈夫?保健室行く?それともタクシー呼んであげようか?」
「…椎名」
「うん?」
椎名…椎名だ…
長めの前髪から覗く目が優しい。
(良かった…)
自分でも引くくらいもう頭の良いが椎名でいっぱいになっている。
じわりと目頭が熱くなる。
泣いてしまいそうで、ぐっと唇を噛み締めて堪えるがいつまで持つか。
「先輩?大丈夫?保健室行く?」
ふるりと首を振れば、そう?と訝し気にこちらを見てくるが、もう一度大丈夫、と告げれば『そっか』とようやっと笑ってくれた。
「手、冷たいねぇ、先輩。寒いの?あっためてあげようかぁー」
そんな揶揄い混じりのにやけ面。
(そう言えば、手先が…冷たいかも…)
緊張に似た心理状態だったのかと、息を吐き落ち着きを取り戻そうと眼を伏せれば、椎名に握られた自分の手。
(……あ、ったか、い)
しかも、
(全然…違う…)
――――篠田と違う。
篠田から腕を掴まれた時、ぞくりと底冷えするような感覚だったのに、椎名から握られた手は暖かくて、
…気持ち良い
肌触りとか、そう言うのも含めてなんだろうけれど、それ以上にふわっと伝わる温もりに心地良さを感じる。
何、これ、どう言う感情?
「椎名…」
「何?どーしたの?」
少しだけ高い目の前の肩に額を預ければ、椎名がビクっと震えたのが分かった。
何だか、
「可愛い…」
なんて。
「何?何か言った?」
「いや…つか、お前…何処に居たの?」
「えー先輩が遅いからそこら辺探してたんだけど?先輩こそ遅かったね。汗まで掻いて」
俺の前髪をさらりと撫でつける指が擽ったくてドキドキしてしまう。
「…そか、悪い」
「いいよ。ちゃんと来てくれたから」
その言葉がまたダイレクトに心臓に響く。
さっきまでの不安からの急激な安心感の高低差が半端ない。
(やっぱ泣きそう…)
誰も居なくて良かった。
心からそう思う。
「椎名…帰りたい…」
一緒に帰りたい。
そばにいて欲しいと願ってしまう。
そんな俺に一瞬眼を見張った椎名だけど、すぐににこっといつもの人懐っこい笑みを見せると手を握った侭、歩き出した。
が、
「って…先輩、鞄は?」
「へ?」
いつも俺が背負っているバックパック。
あれ…そういや、ど、うしたっけ…?
廊下を歩いてる時は…あったよな、で、篠田に連れられて…って事は、あの空き教室?
(………嘘…だろ…)
もうあの場所に篠田が居るとは思えないが、躊躇ってしまうのはさっきの気味の悪い感覚の所為だ。
くそが…っと思わず独り言ちる先は自分自身。
まさか篠田にあんなに拒絶反応が出るなんて思いもしなかった。自分で思っていた以上にアイツ等に対してストレスを感じていたのかもしれない。
告白されて、勝手にフラれて、恋人と友人同時に失って…その上、また告白とかしてくるから…
(戻らないと駄目なのかよ…)
無意識に強ばる身体に気付いたのか、椎名の探る様な視線がぶつかる。
「俺、見てこようか」
「…え」
「先輩、此処に居ていいよぉ。具合悪そうだし」
「いや、で、でも…っ」
お前場所知らないだろ、と言おうとしたがそのまま軽い足取りで階段を登って行ってしまった。
再びシンっと静かになった玄関前にて、体育座りで待つ俺。なんてシュールな絵面だ。
けれど、此処ならいざとなったら走って外へ行ける。
椎名も携帯でやり取りすればいいだろう。
そのうち、『何処ら辺にあるか分かんないー』と阿保丸出しな連絡があるかもしれない。
(椎名、か…)
やばい、これは本当にやばいぞ。
告白を無かった事にする?
今迄通り?
でも、きっとそうなったらアイツはいつか、誰かのモノになって結局は居なくなるって事だろ…。
「早く…戻ってこいよ…」
俺の中で何かが溢れ出しそう、だ。
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