大合唱

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大合唱

 校舎の時計は、十二時三十分を過ぎていた。昼休みはあと残り十五分だ。 「さあて、皆様。お待たせいたしました。デザートのお時間です。新春第一弾、本日もよおく冷えたライチをご準備(いた)しました。」 勇太オンステージの始まりだ。今日も、ちょっと左に曲がった鼻がひくひくしている。 「おい、卵三兄弟の長男。時計回りにパスを回していけ。」 勇太はニヤニヤしながら、左サイドの伸介にボールを投げた。標的の前後左右にパスを回していき、相手の目が回ったところで勇太が止めを刺すという、鉄板の作戦だ。 勇太は雷一(らいち)に声をかけた。 「残っているのはお前ひとりだ。お前のチームの負けだ。あきらめて、降参(こうさん)しろ。そしたら、今日は許してやる。」 雷一は立ち上がりジーパンの(ひざ)土埃(つちぼこり)を払うと、言った。 「こんなところであきらめてたら、人生いくらあっても足りないよ。逆転のチャンスはある。勝負はこれからだ。」 「オォー。」 雷一がいつもと違って勇太に歯向(はむ)かったので、クラスの男の子達の歓声があがった。 伸介が雷一を見て、ニヤニヤしながら言った。 「雷一がついに覚醒(かくせい)したか。」 思わぬ雷一の反逆に、勇太の顔が紅潮する。  雷一は軽くステップを踏みながら、体を斜めに構えた。首を振り、(あご)を軽くしゃくらせて、右手を高くあげると左手で手招きをした。 「何してんだー、お前。」 勇太のどなり声が校庭に響き渡る。 勇太の真っ赤な顔を見て、雷一が笑った。 「お前、何を笑ってんだ。絶体絶命で、頭がイカレちまったのか。」 雷一は目を閉じて、(つぶ)やいた。 「考えるな、感じろ。考えるな、感じろ。」 その時だった。遠くから鳴き声が聞こえてきた。 「ワヲォーン。」 クラスの男の子達がざわついた。 「野良犬(のらいぬ)の鳴き声だ。」 「散歩中のシベリアンハスキーだよ。」 「いや、日本オオカミだ。」 「オオカミは絶滅しただろう。」 クラスの男の子達が口々に叫んだ。 「ウオォーン。」 伸介が(さえぎ)るように、大声で叫んだ。 「ワヲォーン。」 伸介の声に呼応(こおう)するように、近くから叫び声が返ってきた。 男の子たちは伸介を真似(まね)て、叫び出した。 「ウオォーン。」 「ウオォーン。」 「ウオォーン。」 男の子たちは叫びながら、周りを見回している。 「ワヲォーン。」 鳴き声が近づいてきた。 「ワヲォーン。」「ワヲォーン。」 二つの鳴き声が重なった。 「おい、野良犬は二匹いるぞ。」 男の子達はキョロキョロと首を回すが、声の(ぬし)の姿は見えない。 雷一が大声で言った。 「野良犬じゃないよ。僕の友達だ。」 勇太がボールを置くと、胸を張って言った。 「狛犬(こまいぬ)だ。俺も友達だ。」 雷一と勇太は顔を見合わせて、笑った。 そして、同時に大声で叫んだ。 「ウオォーン。」 伸介も二人に(かさ)ねる様に、叫んだ。 「ウオォーン。」 ドッジボールをしていた男子全員が、声を合わせて叫び始めた。 「ウオォーン。」 もうすぐ、昼休みは終わる。 了
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