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HERO
信乃はいつの間にか、雷一と小力の右後方にいた。雷一の右横から、高速の白い炎が悪霊の胸を直撃した。後方から発する信乃の白い炎は、小力の青白い炎に混ざり合い、威力を増して悪霊の胸を直撃した。
「ウウゥー。」
悪霊は口を真一文字に閉じて、胸に当たる衝撃に耐えている。雷一が悪霊の顔面にビームを照射しているので、悪霊は両腕を顔から下ろして防御するわけにはいかない。
「ウウゥー。」
悪霊は歯を食いしばって衝撃に耐えていたが、赤黒い顔が歪みだした。雷一も顔面への攻撃を続けた。悪霊の体全体が徐々に膨張し始めた。
「信乃さん、まずい。またあいつはバラバラに分裂するぞ。」
雷一は右後方にいる信乃に呼びかけた。小力も頷いた。悪霊の口がニヤリと笑った。眉間の女王蟻が赤く光りだし、顔の表面に浮かび上がってきた。体全体の隙間から白い光が漏れ出した。
雷一が叫んだ。
「このままじゃ、女王蟻が逃げ出してしまう。」
雷一の右後方から足音が聞こえ、雷一の横を誰かが走り抜けて行った。
「勇太。」
「俺に任せろ。」
勇太は叫びながら、悪霊に向かって走って行く。右手に金色に輝くボールを持っている。
「あれは神玉だ。」
小力のテレパシーが聞こえた。雷一は神社の入り口に鎮座していた信乃の足元にある球体を思い出した。
「あの神玉の中に、霊力をどろどろにして練り込んであるの。」
信乃の声が雷一の脳内に届く。勇太は悪霊の前でジャンプすると、空中でその神玉を後ろに高くかざした。
「くらえ、必殺マグマボールだあ。」
勇太は叫びながら、悪霊の顔面目がけて、全体重をかけて神玉を投げつけた。神玉は雷一のビームの上をすべる様に悪霊のおでこに当たると、弾けて割れた。割れた瞬間に、金色に光るどろそろした液体が悪霊の顔全体を覆った。その瞬間、悪霊は体中が弾け飛んだ。胴体は四方八方に飛び散った。しかし、頭部だけは金色に光る神玉の液体が包み込んでいるので、弾け飛ばなかった。黄金のサッカーボールの様に空中に浮かんでいる。無数の赤黒い蟻が球体の中で弾けるが、ゴムの様に内側に跳ね返されている。その中に光る女王蟻もいた。
「雷一君、小力。あの球体に照準を合わせて。」
雷一と小力は頷くと、それぞれにビームと炎を球体に照射した。信乃も白い炎を球体に向けた。黄金のサッカーボールは、ますます輝きを増した。境内は昼間の様に明るくなった。
「パァーン。」
大きな音がして、球体が破裂した。風が起こり、枯れ葉が舞い上がった。中の光る赤黒い蟻は蒸気となって消えた。石畳の上に四方八方に散らばった赤黒い蟻達も一瞬にして消えた。
「やったあー。」
勇太が飛び上がって、歓声をあげた。
「奴らは、この世界から消えたわ。」
雷一と小力の横に並んだ信乃が言った。
「小力、ついにやっつけたね。」
雷一は両手で小力の背中を叩いた。小力は満面の笑顔で頷く。勇太が雷一に近づいてきた。二人は飛び上がってハイタッチをした。
「雷一君、小力。貴方達は本当によくやったわ。それに勇太君も大事な場面で一発で決めてくれた。お見事ね。」
信乃の賛辞の言葉に、勇太のちょっと左に曲がった鼻がひくひくしてる。
「勇太、ドヤ顔すんなよ。」
雷一が茶化すと、勇太が鼻の穴を膨らませて言った。
「やっぱ、最後に決めるのは俺様なんだよ。」
胸を反らしてふんぞり返る勇太を見て、雷一も小力も信乃も笑った。
「雷一、雷一。」
雷一を呼ぶ声がした。雷一が声のする方を見ると、本堂の賽銭箱の前で孝一が手を振っている。
「雷一、よくやったな。」
孝一は雷一と右手でハイタッチすると、言った。そして雷一の横に立つ小力に言った。
「小力君も本当に頑張った。」
孝一は小力の頭をゴシゴシと撫でた。小力の大きな尻尾が左右に揺れた。雷一も小力の頭を撫でながら言った。
「みんなのおかげだよ。お父さんも勇気を出して戦ってくれて有難う。顔の怪我は大丈夫?」
孝一は顔を恐る恐る撫でながら、言った。
「骨は折れてないんじゃないかな。ビールを飲めばすぐに直るよ。」
急に思い出したように、孝一は言った。
「緒方が元気がないんだ。さっき、信乃さんが勇太君を迎えに来た時に、緒方にエネルギーを注入してくれて命は助かったんだけど。」
雷一は横たわる緒方の横にひざまづいた。緒方は息はしているが、顔色が悪い。夢うつつなのか、呻き声をあげて苦しそうに顔を歪めている。雷一は、横に並んだ信乃に尋ねた。
「信乃さん、緒方は大丈夫なの?」
信乃はため息をつきながら言った。
「うーん、命は助ける事ができたけど。坂本課長に、緒方の身の上を色々と聞いたわ。もう一度人生をやり直そうと思う気持ちが、今の緒方にはないのかも。」
「人生をやり直そうと思う気持ちか。」
雷一は緒方の苦しそうな顔を覗き込みながら、じっと考え込んだ。そして顔を上げると、雷一は信乃に言った。
「信乃さん、緒方を連れて行ってあげようと思います。」
信乃は雷一の顔をじっと見つめた。雷一も信乃の顔を見つめた。
「大丈夫?」
信乃の問いかけに、雷一は苦笑いをして言った。
「分からない。行ってみないと。」
信乃は頷くと、小力の方を向いて言った。
「小力ちゃん、雷一君を手伝ってくれる。今のあなたならできるわ。」
小力は大きく頷くと、力強い声で言った。
「分かりました。それで僕は何を手伝うの。」
雷一と信乃はお互いに見つめ合って、笑った。雷一の隣で小力はキョトンという顔をして、大きな尻尾を振った。
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