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初日の出
「綺麗だね。」
雷一の言葉に、小力は無言で頷いた。大きな耳が揺れた。
「水平線から昇る太陽は迫力があるね。」
「だいぶ、沖まで来たからね。雷一、寒くないかい。」
「大丈夫。小力のエネルギーが、跨っているお尻から伝わってきてとても暖かいよ。」
小力は黙って頷いた。それからしばらくは、雷一と小力はだんだん姿を現す太陽を無言で見つめていた。
雷一は小力の背中を両手で軽く叩いて言った。
「みんな、まだ寝てるかな。」
小力が苦笑いしながら、言った。
「勇太君のいびき、すごかったね。ゴゴー、ゴゴー。」
「悪霊が復活したかと思って、一瞬焦ったよ。」
雷一と小力は声をあげて笑った。
雷一が言った。
「小力。神社の山道で、僕に声をかけてくれてありがとう。」
小力は首を振って、言った。
「僕の方こそ、無理な願いを聞いてくれてありがとう。おかげでお母さんにも会えたし、みんなの力を借りて悪霊を倒すことができたよ。」
雷一は頷くと、今度は小力の背中を両手でさすりながら言った。
「僕は小力と出会って、色々な事を経験できて本当に楽しかったよ。それに大切な事も学んだ。」
「大切な事?」
「うん、僕に一番足りなかった事。」
小力は黙って、初日の出を見つめている。雷一は太陽の光に目を細めて、言った。
「あきらめちゃいけない事。」
小力が大きく頷くと、言った。
「僕もお母さんから修行中によく言われるんだ。」
「修行中に?」
「うん。あきらめないで続ける事も修行なんだって。続ける事で判る事があるって。」
雷一が下を見ると、大きな貨物船がゆっくりと横切って往くのが見えた。
「続ける事で、今の自分にできる事とできない事が判る。できる事を喜び、できない事を悔しがる。それを毎日繰り返して続ける事で、成長していけるんだって。」
「毎日、あきらめないで続けなさいか。簡単な様で難しいね。」
いつも冷静で先を読んで行動する小力のお母さんも、今まで色んな事を悩み、苦しんで努力を続けてきた末に辿り着いた言葉なんだと、雷一は思った。
「最初から何でもできる人なんていないんだね。」
雷一の言葉に、小力が頷いて言った。
「今日を、その最初の日にしようよ。」
雷一も頷くと、小力に言った。
「小力はどんな狛犬になりたいと思うの?」
小力は上を見上げて、ちょっと考えた後に照れながら言った。
「僕は・・・・・」
「ボー、ボー。」
下を往く貨物船から、大きな汽笛が聞こえてきた。
「・・・・・になりたいと思う。」
雷一には小力が言っている言葉が聞き取れなかったが、もう一度小力に聞き返さなかった。小力がこれから歩む、遠く果てしない道のりが何となく判ったからだ。雷一は大きく頷いた。
毎日少しずつでもいいから自分も進化していきたいと雷一は強く願う。
小力の横を並んで歩んでいきたい。ただの同行者ではなく、心強い相棒として。
雷一は小力の背中を軽く叩くと、言った。
「小力。このまま太陽に向って飛んで行ったら、どうなるかな。」
「たぶん、地球の裏側まで行けるんじゃないかなあ。」
「今度、試してみようか。」
「うん。」
小力は満面の笑顔を雷一に見せて、頷づいた。
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