32人が本棚に入れています
本棚に追加
/108ページ
大合唱
校舎の時計は、十二時三十分を過ぎていた。昼休みはあと残り十五分だ。
「さあて、皆様。お待たせいたしました。デザートのお時間です。新春第一弾、本日もよおく冷えたライチをご準備致しました。」
勇太オンステージの始まりだ。今日も、ちょっと左に曲がった鼻がひくひくしている。
「おい、卵三兄弟の長男。時計回りにパスを回していけ。」
勇太はニヤニヤしながら、左サイドの伸介にボールを投げた。標的の前後左右にパスを回していき、相手の目が回ったところで勇太が止めを刺すという、鉄板の作戦だ。
勇太は雷一に声をかけた。
「残っているのはお前ひとりだ。お前のチームの負けだ。あきらめて、降参しろ。そしたら、今日は許してやる。」
雷一は立ち上がりジーパンの膝の土埃を払うと、言った。
「こんなところであきらめてたら、人生いくらあっても足りないよ。逆転のチャンスはある。勝負はこれからだ。」
「オォー。」
雷一がいつもと違って勇太に歯向かったので、クラスの男の子達の歓声があがった。
伸介が雷一を見て、ニヤニヤしながら言った。
「雷一がついに覚醒したか。」
思わぬ雷一の反逆に、勇太の顔が紅潮する。
雷一は軽くステップを踏みながら、体を斜めに構えた。首を振り、顎を軽くしゃくらせて、右手を高くあげると左手で手招きをした。
「何してんだー、お前。」
勇太のどなり声が校庭に響き渡る。
勇太の真っ赤な顔を見て、雷一が笑った。
「お前、何を笑ってんだ。絶体絶命で、頭がイカレちまったのか。」
雷一は目を閉じて、呟やいた。
「考えるな、感じろ。考えるな、感じろ。」
その時だった。遠くから鳴き声が聞こえてきた。
「ワヲォーン。」
クラスの男の子達がざわついた。
「野良犬の鳴き声だ。」
「散歩中のシベリアンハスキーだよ。」
「いや、日本オオカミだ。」
「オオカミは絶滅しただろう。」
クラスの男の子達が口々に叫んだ。
「ウオォーン。」
伸介が遮るように、大声で叫んだ。
「ワヲォーン。」
伸介の声に呼応するように、近くから叫び声が返ってきた。
男の子たちは伸介を真似て、叫び出した。
「ウオォーン。」
「ウオォーン。」
「ウオォーン。」
男の子たちは叫びながら、周りを見回している。
「ワヲォーン。」
鳴き声が近づいてきた。
「ワヲォーン。」「ワヲォーン。」
二つの鳴き声が重なった。
「おい、野良犬は二匹いるぞ。」
男の子達はキョロキョロと首を回すが、声の主の姿は見えない。
雷一が大声で言った。
「野良犬じゃないよ。僕の友達だ。」
勇太がボールを置くと、胸を張って言った。
「狛犬だ。俺も友達だ。」
雷一と勇太は顔を見合わせて、笑った。
そして、同時に大声で叫んだ。
「ウオォーン。」
伸介も二人に重ねる様に、叫んだ。
「ウオォーン。」
ドッジボールをしていた男子全員が、声を合わせて叫び始めた。
「ウオォーン。」
もうすぐ、昼休みは終わる。
了
最初のコメントを投稿しよう!