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別れ
彼は少年の顔を見た。お礼を言われてちょっと照れているようだ。ちょっと内気だが、素直で優しい子どもだ。もっと一緒にいたい。いろんな事を話したい。そんな誘惑に彼はかられた。だが彼にはこれからやる事がある。母親を探し出す事。そっちの方が、結界を抜け出ることよりもずっと難しいだろう。その為のパートナーには、この少年の能力では物足りない。もっと能力の高い、新しいパートナーを探しださなくてはならない。
彼は少年にどう切り出そうか迷った。今まで自分の事、そして母親の事を話して協力を訴えてきたのだ。ちらっと少年を窺い見ると、少年も何か考えながら歩いている。国道を横切った少年は、向かいのスーパーの駐車場に入ると立ち止まった。
「良かったね。結界から出る事ができて。」
そう言うと、少年は左肩をちょっと下げた。彼は少年の左肩から飛び降りた。少年を見上げると、彼は思い切って言った。
「ありがとう。本当に助かったよ。きみのおかげで結界から出ることができた。お母さんはやっぱり自分で探すよ。君は宿題とか色んな事で忙しいだろう。来年の四月から中学生だし。」
少年は顔の前で手を振ると、照れくさそうに言った。
「宿題とか別に必ずやんなくてもいいんだ。先生はチェックしないし、別に僕は期待もされてない。それに誰だって、四月になれば中学生になれるんだし。」
彼は早く次のパートナー探しを始めたかった。ここは殺し文句を言って、早く彼と別れた方がいい。自分と同様に、彼にも効く殺し文句で。
「学校から帰らないで僕と一緒にいると、君のお母さんも心配すると思うんだ。お母さん、君のためにおいしいおやつを作って待っているかもしれないよ。君に早く会いたがっていると思うよ。」
少年は急に不機嫌な顔になって、彼に背中を向けると歩き出した。彼は自分の殺し文句が効いたのかどうかわからなかった。でもさよならも言わない少年に腹が立った。彼は遠ざかる少年の背中に大きな声で呼びかけた。
「お母さんによろしく。でも狛犬としゃべった事は秘密にしてね。」
少年は振り返ると彼を睨みつけた。そして彼の方に走って戻ってきた。少年の目に涙が浮かんでいる。少年は彼の目の前に立つと、早口でまくし立てた。
「僕は今まで、一度もお母さんの手作りのおやつを食べたことがないよ。だってお母さんは僕を産んだ時に死んじゃったから。僕はお母さんと会った事がない。お母さんの声を聞いた事もないんだ。だから僕は君がお母さんを探すのを・・・」
少年はまだ何か言いたそうだった。でもそれ以上言うと、涙がこぼれるのがわかっているのかもしれない。少年は唇を噛みしめると、踵をかえし、駐車場の出口へ走り出した。
彼は遠ざかる少年の背中を目で追いかけながら、大きなため息をついた。それと同時に彼の目から涙がこぼれ出した。少年のように彼には我慢ができなかった。生まれて初めてできた友達を失った後悔が、彼の流れる涙を止めてくれなかった。
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