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大願成就
勇太は顔をゆがめて、両手で股間を押さえている。
「痛えよう、痛えよう。」
雷一を睨みつけていた勇太の顔が、苦痛に歪み始めた。そのうち立っていられなくなった勇太は、両膝をついた。
「痛えよう、先っちょが痛えよう。」
勇太はそう言いながら、今度はのたうち回り出した。
雷一は思い出した。神社へお参りした時、
『勇太のおちんちんの先っちよが痛くなります様に』
と神様にお願いした事を。あの時、狛犬は雷一が神様にお願いするところを見ていたのだ。
狛犬の唸り声が大きくなった。それまで股間を両手で押さえながらのたうち回っていた勇太が、海老の様にのけぞり出した。
「ひぃー、ひぃー。もう勘弁してくれよ。」
怒りで真っ赤だった勇太の顔は、今は青白くなっている。勇太の目は瞳孔が開いて、口からはよだれが出てきた。痛いはずなのに半笑いの顏になっている。
雷一はその様子を見ていると、何だか自分も大事な所が痛くなってきた気がしてきた。
「もういいよ。術を解いてあげて。」
雷一は狛犬に声をかけた。狛犬はちょっと物足りないような顔をしたが、唸るのを止めた。勇太は声を上げるのを止めて、のけ反っていた体を今度は丸くして何か小声で呟いている。
「お前が諦めなきゃ、お前が・・・」
雷一は心配になって、勇太に近づいた。雷一は、丸まって横たわる勇太に声をかけた。
「その話はまた今度聞かせてよ。多分、僕が悪いと思うけど。僕はすぐ諦めちゃうからなあ。」
雷一は勇太を抱き起した。勇太の顔は、涙や鼻水それに涎でぐしょぐしょだ。雷一はハンカチをズボンの尻ポケットから出して、勇太の顔を拭いてやった。
勇太は、自分の身に起こった事が理解できないようだ。雷一に目の焦点を合わせる事ができずに、半開きの口でぼんやりしている。
雷一は狛犬に近づくと、頭を下げて言った。
「助けてくれてありがとう。君が来てくれなかったら、今頃、僕が勇太にボコボコにされて地面に転がっていたよ。」
狛犬は小首を傾げ、大きな口を横に広げて照れくさそうに笑っている。雷一はもうちょっと狛犬と話をしたかったが、何を話題にしていいかわからなかった。狛犬もただ笑っているだけで、雷一に話しかけてこない。
雷一は狛犬にもう一度頭を下げると、建設中のマンションの表口へ向かって歩き出した。
雷一はある事を思いついた。
『やっぱり、僕は天才だ。』
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